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結局、音楽は時間の芸術なのだ

何を今さら? というタイトルだけども、「ブライアン・イーノ・アンビエント・キョウト(BRIAN ENO AMBIENT KYOTO)」展を見たらそういう結論に落ち着いた。

アンビエント・ミュージックの生みの親として有名なブライアン・イーノだが、彼がインスタレーション展示を京都で行うことを知り、とても興味がわいて、夏休みのお出かけ先として見に行った。

場所は、京都中央信用金庫 旧厚生センター。JR京都駅のすぐ近く、築90年というかなり年季の入った建物だ。これをまるごとインスタレーション展示に使用している。このこと自体は最近よくあるケースで、展示と建物がうまく響き合うとその場所でしかありえない唯一無二の作品が生まれる。昭和一桁時代に建てられたレトロ風味あふれるこの建物を、ブライアン・イーノはどう料理したのだろう?

一言で言えば、作品世界>建物。生活感の漂う場所は違和感のないように目隠しをし、照明を限界まで落として誘導用の明かりをつける。すると余計なものはほとんど目に入らなくなる。音の管理も厳しく、大声での会話は禁止、撮影は可能だけどもスマホのシャッター音が出ないように音消しアプリを使うように指示がある。ある部屋では靴を脱ぐことになっているが、靴を下駄箱から出すときにも音がしないように、と注意書きがある。細かい。インスタレーション空間の作り込みがきっちりしているのは言わずもがな。

古いビルの階段がお洒落な空間へ

それでは個々の作品の感想を見た順に書いていこう。ガイドのおすすめに従って3階から順に下へ降りながら見ていった。

The Ship
靴を脱いで上がる部屋での鑑賞。中はほんのわずかな明かりが点在しており、中央がほの明るい。そこには4人が一度に座れるサイズのスツールがいくつかある。鑑賞者はスツールにかけてもいいし、壁際など好きなところに腰を下ろしても良い。そうしてゆったりした気分で室内に満ちる音楽に耳を傾ける。見知らぬ人同士が同じ室内で音楽を鑑賞しているわけたが、あまりに暗いので他人の存在が気にならない。自分と音楽の世界にひたり、瞑想することさえできる。

Face to Face
部屋に入ると、正面にスクリーンがあって、三人の人物の顔が写っている。しばらく眺めていると、そのうちの一人の顔がなんか変わっている。シワが増えたとか、髪の量が変わったとか、肌の色が違ってくるなどだ。もうしばらくすると、他の人の顔も変化していることに気づく。やがて、男性がいつの間にか女性へ、老人が若者へとすっかり変わっている。さらに変身は止まることなく、女性や若者は次の変化を起こしてゆく。
リーフレットによると、21人の顔写真を特殊な技術で合成して、36000人以上の新しい顔を作り出しているのだという。つまり変化する過程で現れる、合成された顔が作品であるわけだ。自分などはついつい変化の到達点を見たいと焦ってしまうけれど、見るべきは変化の過程そのものだというのが目からウロコだし、マインドフルネス的な物の見方だなあと思う。

そういえば、随分前に同じテイストの作品を愛知万博で見たことがある。企業パビリオン「夢見る山」で上演された押井守監督プロデュースの「めざめの方舟」だ。中で上映されたプログラムは3種類あって、そのうちのひとつ「狗奴(くぬ)―未生の記憶」のなかに、人の赤子と生まれたばかりの仔犬の顔が合成されるシーンがあった。人から犬、犬から人へとシームレスに変化していくさまは面白いというより怖かったが、人(というより子ども)と動物の境界を取っ払う試みは押井監督らしいなと思ったのだった。

Light Boxes
これは壁面に四角い形をした箱がいくつか設置され、その箱を照らす光の色を変化させる作品。色の組み合わせでさまざまなイメージが生まれる。例えば朝焼けの色、昼間の海の色、都会の夜景、明るい草原などなど……
光の変化はゆっくりなので、設置されたベンチに腰掛けてじっくり味わうのが良い。BGMは館内を満たすThe Lighthouse。これはライトな瞑想向きの展示。(Light Boxesなだけに…_| ̄|○)

77 Million Paintings
最後、大トリを飾る作品。1階の広い空間に設置された大きな展示空間には、暗がりの中、何本もの柱が木の幹のように装飾され、奥の方には砂の小山があって、ライティングによりさまざまな色合いを見せている。そしてスクリーンには巨大な曼荼羅のような模様が映し出されていた。この模様は常に変化を続け、二度と同じ模様は現れない(なにしろ77,000,000パターンあるというのだから)。これはイーノが"Visual Music"として着想し、制作した作品で、初出は2006年、ラフォーレミュージアム原宿での展示。それが16年ぶりにアップデートされて京都へやってきた。
模様はゆっくりと変化しつつ、どの瞬間も美しく果てしない。なるほど、これは見る環境音楽だ。いくらでも見続けていられるし、具合のいいことに観賞用ソファがいくつも用意されている。(少なからぬ人が寝落ちすると思われるが、運営側はそれを見越して「30分以上眠っている人にはスタッフがお声がけさせていただく場合があります」と注意書きがあった)

これが数分後には…
こうなります(一例)。


ラウンジとショップ

2階にはラウンジコーナーがあって、イーノの新作アルバムの紹介や感想を書くコーナーがあった。ここも展示の雰囲気をそのまま踏襲して照度低めの部屋。頭の中をリセットするための部屋かもしれないが、ちょっと落ち着かなかったので、ここでドリンクの提供があれば尚良し。
1階にはイーノショップがあり、再発されたCDや図録、Tシャツなどのグッズが置いてあった。さすがにデザインは洗練されている。図録が気になったものの値段を見て手を引いた。CDは買っておけばよかったかな…


一般的な美術作品だと鑑賞は一瞬で終わることが多い。もちろんひとつの作品に対して時間をかけて語り合いながらじっくり見る、という手法もあるけれど、絵画や彫刻はパッと見て何かが伝わる、という見方を前提として作られているからだ。他方、音楽は時間経過がどうしても必須となる。短い曲でも3分とか5分とか、長い作品になると1時間弱は作品に耳を傾ける必要がある。イーノの作品は「絵(Painting)」に変化という要素を加えることで音楽的に見せているわけで、だから鑑賞には時間がかかるし、コード変化を楽しむのと同じように次々に現れる色やパターンの組み合わせを味わうものだから、椅子は必須アイテム。プログレ曲を5作品聞くぐらいのつもりで鑑賞しないと(笑)
だから時間に余裕のない人やせっかちな人はコンサートを聞くつもりで鑑賞に来れば「こんなハズでは…」を防げるかもしれない。

5作品の展示に対して観覧料は平日一般2000円(土日祝は2200円)。正直高いなと思ったが、音響にしても光の演出にしても、相当手をかけて会場設営をしているのがわかるので、妥当な料金ではないかと思う。

なお、展示期間が延長され、最終日が8月21日→9月3日になったとのこと。
展覧会サイト→https://ambientkyoto.com/


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