みんな違っているから生まれてくる響きASUNA『100keyboards』
今年の文化の日は、モアレを音楽作品にしてしまうというサウンドパフォーマンスに参加してきた。なかなか面白い体験で、ふだん耳にする音について色々考えるきっかけになるかも、と思った。
100 Keyboards -Moire Resonance by Interference Frequency-
~干渉音の分布とモアレ共鳴~
モアレというのは、干渉縞ともいい、規則的に繰り返される模様を重ね合わせた時に生じる縞模様のことで、もともとは織物の用語だったという。同様の現象は音でも発生し、複数の音の波が重なると干渉によってモアレが生じ、うねりが聞こえたり、複雑な場合はリズムやメロディ的なものが聞こえることもある。
素材はおもちゃのキーボード✕100。CASIOの比較的本格的なものからキャラクターのイラストがついた可愛らしいものまで。中には、音の出るキーボードに電卓機能が付いている(CASIO製)というレアなものまで! おもちゃのキーボードは、作りがチープなものもあり、同じA(ラ)の音を鳴らしたとしても微妙に音程がズレていたり、また電圧の変化が音程に影響を与えたりもする。それを逆手に取り、100個のキーボードで同じ音を同時に鳴らして、そこから生まれるモアレを鑑賞するのがこのパフォーマンス。
びよら冗句的に説明すると、もし、2人のビオラ奏者が同時にE音(ミ)を鳴らしたら、音程の微妙な違いはうねりとなって聞こえるだけだが(さすがに開放弦のAとかでモアレが生じたらヤバい)、100人のビオラ奏者が同時にEを鳴らせば、うねりは様々な模様となって、音の万華鏡のような世界が立ち現れるかもしれない。
というのをおもちゃのキーボードでやってしまう。
始まりは暗闇の中、放射状に並べられたキーボードの中心に置かれたランプがポッと灯る。作者のASUNA(アスナ)さんが一つずつキーボードに火入れして、アイスのスティックで特定の鍵盤を押さえて固定する。基本の音はE。そこへ4度上のA、3度上のGが重なる。
ちなみに基本の音をEにしたのは、それが会場内で最もよく響く音だからだそう。だから違う空間を会場にすれば違う音になる。
ASUNAさんは100台のキーボードの間を行ったり来たりしながら少しずつ音を増やしていく。時々会場全体の響きを確認しつつ次に出す音を決める素振りも見受けられ、ライヴ感満載。始まるまでは、きっとキーボードのON/OFFは遠隔で、スマホか何かを使ってやるに違いないと思っていたので、アナログなやり方は意外だった。でもスタンドアロンなおもちゃのキーボードを遠隔制御する仕組みを作るのは、かえってめんどくさそうだ。
音が増えるにつれ、会場内は少しずつ明るくなる。参加者の姿がはっきり見えるようになる頃には、会場内いっぱいに音が満ちて、あるはずのないリズムやメロディのかけら的なもの、ハミングのような唸りが現れては消えるようになった。
音の曼荼羅だなあと思ったとき、よく似た音をどこかで聞いたことを思い出した。清須市はるひ美術館での音響インスタレーション「今尾拓真 work with #10(清須市はるひ美術館 空調施設)」だ。あの時もいくつかのハーモニカやリコーダーが特定の音を出し続け、不思議な唸りが生まれていた。その時の響きと似ている。もしかすると、作者の今尾さんはモアレの発生まで計算に入れて音響設計をしたのだろうか。
ここまでが約1時間。頭の中が音の響きでいっぱいになって、この先どうなるのだろうと思ったら、ASUNAさんはアイスのスティックを外し始めた。時々キーボードのスイッチも切る。腕時計を確認し、タイミングを見計らいながら、バランスよく音を引いていった。音圧が下がって響きがスッキリしていくのがわかる。会場内の明かりは徐々に暗くなり、音はほんの小さなうなりが残り、やがて最後の音が消えると同時に真っ暗になった。しばらくして拍手。これでだいたい90分のパフォーマンス。長いけど長さを感じない時間だった。わかりやすい例を挙げればブルックナーの交響曲第8番とだいたい同じ長さ。いや、90分を少しはみ出したからマーラーの交響曲第3番くらいか。いずれにしても現代音楽の大曲を聞いた気分だった。
続いて間を開けずにアフタートーク。汗を拭き拭き着席したASUNAさんと愛知県芸術劇場プロデューサーの藤井明子さんの対談形式のトーク。この作品は会場がとても重要だとか、作品の特性上録音がほぼ不可能だという話(どうやってもすべての残響や共鳴をうまく拾えない)、また、ASUNAさんがバンドも組んでいてパンクを演奏すること、「これ面白そう」から作品が生まれるケースがあることなど、非常に興味深い内容がたくさん出てきて面白かった。一番印象に残っていたのは「海外のお客さんはとにかく質問が多い。終演したとたん、どんどん話しかけてくる」というエピソードだった。質問に答えるうちに考えが深まったり作品のブラッシュアップにつながったりするというのだ。対話は大事だな。
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