人間アレルギー
またもやこうして自信が亡くなったときに
この本を書こうと思っていた。
何者でもなくて見窄らしい。一度、私はそんなやつになった。
全てを過去形にするために、ただ言い訳をしている。
私は女が嫌いだ。すぐ自分が可愛くなってしまい、それを見せびらかしても許されるような空気に虫唾が走る。人のことを思いやっているふりをうまくできた方が魅力的だとわかっていて、思いやりを知らないやつが、すぐそれをやる。
そんなやつを羨ましいと誰かが思ってしまって器用に真似して、それが伝染して全員の自我がそれに汚染されてしまう感じ。普通に、大事でもないところですぐ泣く感じ。無かったことにしたり、そうであったかのように振る舞ったり、妄想におめでたい感じ。
でも私が一番嫌いな女は私であった。
私は男が嫌いだ。格好つけるために周りを置き去りにする感じ。鈍感でも許され、それが時に凶器になっても本当に気付いていない感じ。終わった頃に感情的になってめでたしとする空気。嘘を嘘だと、お世辞をお世辞だと気づかないくらい自分の物語に酔って周りに迷惑をかけても、それが不器用で愛くるしいみたいな扱いをされるやばい感じ。熱くなる対象全てが憧れに向いている視野の狭さ。自分を信じることが強さだと疑わない漫画読み過ぎな感じ。でも一番嫌いな男らしさは私の中にあった。
私は人間が嫌いだ。
あまりにも美しすぎても、汚すぎてもどこかむかつく。これは嫉妬なのだろうか。何も意味がないはずなのに何か理由をつけていて、それを信じていてむかつく。感情、本能、愛情以外に何が本物だというのだろう。現代では、麻痺すら本物にそっくりな顔をしている。そっくりっていうかもう、全く同じ顔をして並んでいる。私にだって見抜けない。それが面倒なのだ。面倒すぎて考えたくない。一生寝ていた方が退屈じゃない。そう思うときだってある。
みんな、やることがないから何かをしているように見える。
死ぬまでに暇を潰しているように見える。死ぬまでの間に、どのくらい感動的で美しい物語が作れるかと思い、わざと美しいことをしている。美しいことができなかったときに人は泣く。それが絶望であり、めちゃくちゃしょうもない。
私には人間の気持ちがわからない。ちゃんとしようとしている女の気持ちも男の気持ちも全くわからない。
一体私が何をしたというの。全然違う生き物の私をこの世界に、みんなと同じような人間の形で死ぬまで放置しやがった。
私は人間が嫌いだけど人間に惹かれる事がある。どこか幻滅されそうで恐ろしく、できるだけ寄り添いたくない気持ちにもなる。
自分の作り上げている自分が、とっても美しくない。自分の全てが、くだらなく淡々としていてすぐ消えてしまいそうでつまらない。
そう思うから怖いのだ。でも人間は懲りない。私も同じだ。
私は重要な事がわかっていなかった。