レビュー『池袋裏百物語』~ ②
本編・アフタートークネタバレあり
単に推しの芝居がすごかったって話
前回語りきれなかった、榎木淳弥さん演じる江戸の話をさせてほしい。今回の朗読劇の中で榎木さん自身からリアルタイムで生まれてくる芝居のエネルギーはすさまじいものであった。芝居に関しては素人のオタクだが、素人なりにも「すごい」と思った点について語りたい。
すごいポイント① 百物語の語り口
まず、榎木さんが演じる江戸が怪談を語るときの話し方に注目したい。過大なデフォルメなどはなく、淡々と物語を紡ぐ江戸の語り口は、良い意味で素人感があり、無機質でかえって不気味さを感じさせる。
また、聴衆に語りかける際、江戸は台本から目を離し、必ず聴衆の方を向いてから話し始めていた。これについては、榎木さんがアフタートークで「『ジャパネットたかた』の社長の話し方とか、稲川淳二さんの話し方を参考に研究した。」と仰っていた。これにより、聴衆は「私に向けてダイレクトに語りかけられている」という印象を受けるだろう。
加えて、榎木さん演じる江戸の素人感ある雰囲気も、手を伸ばせば届きそうな、視聴者との絶妙な距離感を演出している。狂信者山本君のように、「この人の良さは自分にしかわかってあげられない!」「自分が支えなきゃ!」というような気持ちになってしまうのもわかる気がする。
すごいポイント② 言葉の端々に滲む狂気
榎木さんの芝居で痺れたのは、江戸の「池袋裏百物語に対する執着心」や「静かに狂っている」感じを見事に演じ上げていたことだ。
山本君が江戸に本当は妹がいないのをバラしたシーンは特に素晴らしかった。「僕の妹…?」から、明らかに空気が変わったのを感じた。初めて桜庭と話をした場面の、おどおどした雰囲気とは全く違っている。「妹がいないこと」がバレたことに微塵も動揺を見せていない。むしろ、「それがどうした」と言わんばかりに平然としている上に、桜庭に対しても強気の姿勢で接している。『池袋裏百物語』をやり遂げることに対しては、人が変わったように執着心を見せるのだ。
「山本さん。あなた、僕の事を心配してくれたんですね…。」
「でもね、あなたに救って貰う筋合いは…僕には無いんですよ。」
ゾクゾクした。人間とはこんなにも発する言葉に冷たさを表すことができるのか。「僕の事を心配してくれたんですね」のところで山本君に向き直り表情を伺う仕草には一瞬の優しさが感じられたが、その後の台詞には「とん」と肩を押し奈落に落とすような非情さがあった。前者の台詞はきっと江戸の本来の面で、後者は百物語に取り憑かれた江戸なのかもしれないと、個人的には考えている。
語られざる物語に宿る魂
江戸が『池袋裏百物語』の100番目の物語 ―かつてお蔵入りになった物語である『幻の女』を語り終えた瞬間の表情に注目してほしい。
今まで目元に影を落とし暗い表情をしていた江戸の、天を仰いだときのなんとも満ち足りた表情を。彼の正体は最後の最後、明烏教授と久陽のモノローグで明らかになるのだが、それを聞くとあんなにも救われたような表情をしていた理由もうなずける。
コロナ禍で多くの舞台が公演中止になっていく中、きっとたくさんの物語が語られることなく消えていっただろう。語られなかった物語にも創作者の魂は宿っている。歪んだ形かもしれないが、創作・発表という行為に対する愛がありありと伝わってくるような、そんな物語だった。