大型自動車運転免許合宿VS俺
ここ2週間くらい大型自動車運転免許合宿に行っていた。帰ってきたのでその話をする。
ことはじめ
2018年、秋。俺は絶望していた。精神の根底にある「そもそも働きたくなさ」を必死に隠し殺して生きる金を稼ぐための就職活動を続けていたが、いくら求人に応募しても職にありつけないからだ。もう本当に絶望していた。100回ダメでも101回目はいけるかもしれない、それがダメでも102回目なら……なんて気持ちで誤魔化しながらやってきたが、それにも限界がある。俺が俺である以上ダメなもんはダメなのだと悟った。
しかしまだ人生を諦めるわけにはいかない。シンデレラガールズの白菊ほたるに声がつくまで死ぬわけにはいかないし、シャイニーカラーズの田中摩美々のトゥルーエンディングもまだ1つしか見てないから死ぬわけにはいかない。
かといって俺の仕事に就けなさは異常だ。前にも書いたが、因果律を捻じ曲げるほど仕事に就けない。ではどうすればいいのか。
資格だ。就職に強い資格を取得するしかねえ。それでどうにかなるのかはわからないが、可能性があるのならやってみるしかない。
そこそこ短期間で取得できて職にもなる資格がいい。できれば技術が生活にも役に立つとなお良い。
皆さん知ってのとおり、あと数年のうちに第三次世界大戦が始まり地球は荒廃した死の星になるだろう。そうなった時に一番役に立つ技術は何か。サバイバル技術や戦闘技術だろうか、違う。マッドマックス怒りのデスロードを見ればわかるだろうが、でっかい自動車を運転する技術だ。他は二の次だ。
就職に強く、将来的には技術も役に立つ資格。大型自動車運転免許だ。大型自動車運転免許を取ろう。実家の仕事の手伝いにも使えるし。何より運転は好きだし。完璧。
入校・入寮
まず近場の自動車学校を回ってみるも、どこも大型自動車運転免許の教習は人気で卒業には数ヶ月~半年程度かかるという。そんなに時間をかけるわけにはいかねえ。もう時間がないんです。そこで、運転免許合宿へ行くことにした。
運転免許合宿、それは合宿施設がある自動車学校で泊り込みながら技術を習得し、みっちり最短スケジュールで免許を取得する手段だ。俺は最寄りの運転免許合宿がある自動車学校を調べ上げ、予約した。場所は伏す(もしもどこだかわかっても黙っててくれよな)。まあ最寄りとはいえ、今住んでいる福岡からはかなり遠い。
入校前日、高速バスと電車を乗り継ぎ、最寄り駅までたどり着いた。駅には自動車学校の車が迎えにきてくれる。自動車学校へたどり着き、簡単な説明や書類への記入などを済ませる。このあとは寮へ行くはずだ。
自動車学校からさらに送迎車に揺られること数十分。俺は山の中の施設へ連れてこられた。ここが寮だという。なるほど、自動車学校と寮はかなり離れているらしい。毎朝自動車学校へ送迎してくれるというわけだ。なるほどなるほど。
寮の周りを少し歩いてみたが、山だ。周囲には草と木、あとは石か土しかない。
……話が違う。
周りにはコンビニやスーパーなどがあり買い物には不便しないとホームページに書いてあったではないか。どういうことだ。
あとでわかったことだが、コンビニやスーパーが近くにあるのは自動車学校の方だった。寮から自動車学校までは徒歩だと一時間以上かかるだろう。やられた、自動車学校と寮がこんなに離れているとは思わなかった。いや、ズルだろこれは。ズルいぞ。毎朝出る送迎車以外の移動手段は徒歩かタクシーを呼ぶしかない。買い物の類は自動車学校へ行った後、空いた時間に済ませておくしかなさそうだ。
寮の部屋はそこそこ広い。ベッドが一つと、机。あとはハンガーラックとテレビが置いてある。少し写真で紹介しよう。
部屋。1人部屋の他に2人部屋もある。照明は天井のこれしかなく、夜はやたら暗い。
机。少し触ると剥げかけた塗料がベリベリ剥げて床へ散らばること以外はなかなかいい。
テレビ。懐かしのテレビデオだ。テンションは上がったが結局動作確認のための一度しか電源をつけなかった。
窓からの景色。雄大な自然と規則正しく並べられたソーラーパネルのコントラストが俺を憂鬱な気持ちにさせる。
パッション溢れる共同洗面所の張り紙。
風呂とトイレは共同。風呂場に湯船はあるが、湯が張ってある状態は最後まで見なかった。食事は朝と晩に食堂で食べることができる。昼は事前に頼めば弁当をくれる。寮の人には夜は出歩くなと言われた。理由は「タヌキが出て危ないから」だった。日本昔ばなしの世界だ。
こんなところで2週間も生活するのかと思うとかなり憂鬱ではあったが、wi-fiが使えるのと猫が住み着いているという二点は素晴らしかった。
住み着いている猫。可愛い。
教習・一段階
入校式が終わると早速車に乗せられる。大型自動車だ。クソデカいトラックだ。車道を走っているトラックは見たことがあってもいざ目の前で見たり座席に座ったりすると本当にデカい。
俺は人生で3回自動車学校に通った。まず自動二輪の免許をとった時、次に普通自動車の免許をとった時。そして今回。その3回とも、教官からは最初に同じ質問をされた。
「(バイク)(車)(大型トラック)運転したことある?」
ねえよ。免許ないからここに来てんだよ。と毎回思っているが、質問する決まりでもあるのだろうか。毎回されるということは何か意味があるのだろうな。
簡単な説明(本当に簡単)の後、早速運転させられる。デカくて怖いが、まあデカいだけで基本は普通自動車と同じはずだ。前職で華麗に軽トラックを乗り回していた俺を舐めるなよブシューーーーー!!!!ビーーーーーーーーーーーーーー!!!!
ブシューーーーー!!!!ビーーーーーーーーーーーーーー!!!!などとけたたましい音を立てて教習トラックは即エンストした。原因はブレーキ。大型車はブレーキの仕組みがそもそも普通車と違うためペダルの加減が普通の自動車とは全然違うのだ、と教官は説明した。なるほど。先に言ってよ。俺の苦労と困惑の2週間はこうして始まった。
大型車、ただデカいだけなようでいて普通車とは全然違う乗り物だ。細かい操作や気をつける点が普通車とはかなり変わってくる。雨の日に普通車の感覚でワイパーを動かそうとしたら排気ブレーキという装置が作動して怒られた。先に言ってよ。
もっとも、教習において俺が一番苦労させられたのは細かい操作を覚えることよりはただ「デカい」という点だ。どこを走っても道幅ギリギリ、交差点を曲がるだけで恐ろしく精密作業が必要になる。特に後輪の位置や、後輪より後ろの部分に気を使わないと実際の路上に出た時に100%人を殺す。
運転席からの死角も死ぬほど多い。大型自動車はババアを轢き殺すために作られたのではないかと思うほど死角だらけだ。だが当然轢くわけにはいかないので見える場所すべてどころか見えないところにまで細心の注意を払わなければならない。運転するだけで精神力がガリッガリに削られていく、そんな乗り物だと思った。
前進すれば精神力がガリガリ、左折すれば精神力がガリガリ、右折すれば精神力がガリガリ、停止すれば精神力がガリガリ。このように俺の大型教習一段階は俺の精神力をガリガリ削りながら進められた。
さて、教習で運転していいのは一日に二時間までと法律で決められている。少ない気もするが、精神力がガリガリ削られるので妥当だろう。普通自動車免許の合宿であれば、残りの時間は学科の講習に当てられるが俺が受けているのは大型免許。学科の勉強はない。つまり残りの時間はヒマである。
朝八時過ぎに寮から自動車学校へきて、夕方十七時かそれ以降の送迎で寮へ帰る。その間教習は二時間。めちゃめちゃに時間がある。だが、自動車学校の周りは寮よりマシとはいえスーパーかコンビニ程度しかない。少し歩いてもせいぜい本屋だ。寮と違って自動車学校内には利用できるwi-fiもない。
最初の二、三日は何もないなりに散歩しまくるのも楽しかったが、すぐに飽きた。本屋へはほぼ毎日通ったがそれでも時間が有り余る。
そこで俺を救ってくれたのが以前買ったやっすいAmazon Fireタブレットだった。買っといてよかった。寮のwi-fi環境下でプライムビデオからあらかじめ何本か番組をDLしておけば、ネット環境が無くとも動画を楽しむことができる。これを利用して電光超人グリッドマンとアニメ版のシュタインズゲートゼロを完走した。どちらも名作だった。グリッドマンに関してはちょっと前に感想を書いたのでよかったら読んで欲しい。
寮の人々と俺
前にも書いたが寮の人間はほとんどがヤンキー(不良少年の意)風の若者、あるいはヤンキーがそのまま大人になったような人だった。彼らはほぼ例外なくめちゃめちゃ社交的だ。そして俺はめちゃめちゃ社交的ではない。人間だからどうしても相性というのはある。もう正直に言うけど超苦手な空間だった。
とはいえ俺も今まで生きてきた大人なので、「できるだけ愛想がいい返事や挨拶」程度はできる。「おはようございます」「お疲れ様です」「ありがとうございます」だけで二週間を乗り切ったと言ってもいいだろう。最終的に俺はなるべく人に会わない時間に風呂や食事に行くタイムスケジュールを編み出して行動していた。
興味深かったのは、せいぜい二週間いくかどうか程度の付き合いのはずなのにめちゃめちゃにヤンキー的縦社会が出来上がっていた点だ。もう俺が入寮した時点で親分的な人がおり、親分的な役割を果たしていた。どうやら親分的な人が抜けるたびに新しい親分が自然と選ばれるシステムらしい。めちゃめちゃ新陳代謝サイクルが激しい社会だ。俺が寮にいる間に親分は二回替わったようだ。きっとヤンキー的縦社会はヤンキー属性の人にとっては生活に必要なものなんだろう。野生動物が本能で群れを作るのと同じなのかもしれない。
ヤンキー風の人が中心というからには、寮はかなりアウトローな空間だった。無法地帯という言葉があるが、実際に完全に無法の地というのは世界にはほとんど無い。大抵の場所には法なりルールなりがある。無法地帯とは、法やルールを守らない人間が多数派を占める地帯のことだ。何が言いたいかというと寮は無法地帯だった。
「ここに私物を置くな」「〜時以降ここは使うな」「異性の寮に入るな」など寮のいたるところに注意書きの張り紙があるが、それらが完璧に守られているところを俺は一度も見なかった。寮内は飲酒禁止のはずだったが酒の缶がゴロゴロ転がっていたのはさすがに笑ってしまった。
俺はクソ真面目な男だ。クソ真面目なのでそんな空間はかなりストレスだったが、特に注意しようだの告げ口しようなどは考えなかった。人に話しかけるのがめちゃめちゃ嫌だったのもあるし、そもそも管理者側が全部黙認しているように見えたのもあるが、なによりトラブルが嫌だったからだ。
寮はそんな無法地帯なのに俺がいる間トラブルは全く起こらなかった。きっとヤンキー同士すぐに仲良くなるヤンキー社交性とヤンキー縦社会親分システムの絶妙な塩梅でアウトローながらもトラブルが起こらなかったのだろう。管理している側も含めてそういう社会なんだろう。そう言った社会においてはむしろ俺のような非社交的な根暗クソ真面目の方が異物であり、トラブルの種になりうる。
正義とかの話は今は置いておいてだ、共同生活の場で決められたルールがあった時に
「こういうルール! こう書いてあるでしょ〜!」(でもやりすぎなきゃこれくらい別に良いだろ?な?)
俺のようなタイプには()は見えない。きっと俺がアスペルガーなのも関係あるかもしれない。ルール的には()は見えない方が正しい。だが共同生活の場において()が見える人間の方がはるかに多かったら、そっちが正しいルールになってしまうのではないか。なんかそんな気がするよな。きっと()が見える人間の方がずっとずっと社会を上手く生きるんだろう。チクショウ、ズルイぞ。
話が逸れた。とにかくこんな感じで寮生活は非常にストレスフルであった。
教習・二段階〜卒業
なんやかんやストレートで大型の仮免許を手に入れた俺は教習二段階へ進み、路上教習が始まった。路上、めっちゃめちゃ怖い。ドチャクソ怖い。
俺はそれほど頻繁ではないにせよ車の運転はたまにするし、バイクにだってよく乗る。運転自体は好きだし公道に慣れていないわけではない。だが大型自動車路上教習は怖い。デカいから。
一段階の倍の速さで精神力が削られて行くのがわかる。もともと厳しかった教官ももっと厳しくなる。だがそれは当然なのだ。大型車の事故はそれすなわち大事故。ちょっとでもミスったらその辺のババアが死ぬ。大型自動車は基本的にババアを轢き殺すマシーンで、オマケで大量の人や貨物を運ぶ機能もついている。運転者はうまくそのババア轢き殺し機能を発揮させないようにしながらサブ機能の貨物輸送だけを働かせるようにしなければならない。大型車はそういう乗り物なのだということをより強く常に意識しながら運転することになる。
死ぬかもしれないという恐怖より殺してしまうかもしれないという恐怖の方がはるかに大きい。
かと言って大型車は慎重になりすぎると交通を阻害してしまいかねない(デカいから)。できるだけ邪魔にならないようスムーズに、なおかつババアを轢かないように運転しなければならないのだ。
運転シミュレーターの教習で見てきた「こんなわけがわからない動きするやついるわけねえだろ」というようなやつが路上には実際にゴロゴロいる。動くもの全てが敵に見える。今まで散々自分が運転してきたバイクでさえ全員自殺志願者に見えてくるのだ。本当に死ぬほど精神力を削る。教習中にもう俺は一生運転したくないと何度も思ったし、いまも思っている。
教習中に教官によく言われたのは「余裕がない」という言葉だった。全くもってその通りだと思う。俺はかなりの心配性だ。自宅から出かけるときも鍵をかけたか何度も何度も確認してしまうタイプだ。「運転中にきちんと確認するのは良いじゃねえか」と思うかもしれないが、ある確認に意識がいきすぎて他の確認に意識が回らないなんてことがあるとヤバイのだ。余裕を持った運転の会得にはかなりの時間を要した。
そんな俺も何とか教習二段階を修了した。大きなミスもなく卒業検定もこなすことができた。精神力はガリッガリ削られたが。とにかく大型自動車、運転して良いよ! というお墨付きをいただいた。卒業だ。あとは免許センターで手続きすれば大型自動車を運転できる。
二週間、長かった。長くて辛かった。パソコンやPS4と二週間離れているのも辛かったし寮の壁が薄くて安心した自慰行為ができず結局二週間一度も射精をしなかったのも結構辛かった。教習も寮生活も本当に辛かった。
この辛い体験と引き換えに手に入れた大型自動車運転免許。これは大いなる力だ。大いなる力には何とやらとスパイダーマンのベンおじさんも言っていた。
今後、これを活用した仕事につくかは正直わからない。正直今は一生運転したくない気分だからだ。だがもし俺が大型自動車を運転する時が来ても、絶対にババアを轢き殺したりしない。それだけは誓いたい。
最後にもう一回、場所は伏す(もしもどこだかわかっても黙っててくれよな)。