夕陽で跨ぐ世界線の向こう
会社の窓から暮れなずむ夕陽が見えた。
目も開けていられないような眩いほどの
黄金色の光が窓に反射してる。
そしてゆっくりと地上を紅色に包み、山の裾野へと消えていくのだ。
その夕陽を眺めながら
「あと何回この夕陽が沈むところが見れるのだろう」そう思った。
いま目の前にある、当たり前のような景色
オレンジ色に輝く眩いほどの光が、
薄紫に染まった山の向こうに消えてゆく。
そうもう間も無く太陽は山の向こうへと姿を消してしまうのだ。
あしたもまた、当たり前のようにこの景色がみられるかもしれない。
いつものように眠い目をこすりながら、
ベッドから飛び起きて身支度をすませ
パンを齧りながら、満員電車に飛び乗る。
そして会社へと出向き、デスクに溜まった書類を片っ端から片付けているといつの間にか夕方になっているのだ。
だけど、もしかしたら明日何かの手違いで
この場所には居られなくて見ることが出来ないかもしれない。
それは書類がうまく片付かないからかもしれないし、もしかしたら何か不慮の事故で怪我をしてしまうからかもしれない。
何か想像もつかない出来事が日常の当たり前だった、ひとコマを無惨にも切り離して無くしてしまう…そんな日が来るのかもしれない。
そう思うと居てもたってもいられなくなり、
定時になると急いで会社を飛び出し、いつもなら寄ることのない本屋へと立ち寄った。
いつもなら、絶対に会社を出ない時間だ。
いつもなら、仕事をやり切るまでは外に出ないのであり得ない時間だ。
いつもなら…
そう思いながらも、僕は当たり前だった日常のひとコマをわざと自分で切り取って捨てた。
それは当たり前の日常にしてはいけないものだったからだ。
文具コーナーに置いてあった400字詰めの原稿用紙と万年筆を徐に手にし、レジへと向かった。
心ははやっていた。だっていま書き出さなきゃ、いつになるか分からないじゃないか。
そうして慌ててアパートへと戻り、
ガチャリと扉を開けるとモワッとした空気が身に纏ったことも忘れ原稿用紙の入ったビニール袋をビリビリと破り、机へと向かった。
万年筆に以前買っておいた、墨をつけ書き始める。
「あと何回この夕陽が沈むところが見れるのだろうそう思った。僕はその夕陽を背に走り出した…」
気づいたときには、時はあっという間に流れ
滴る汗もそのままに僕は空気を入れ替えるために部屋の窓を網戸にしたままガラッとあけた。
もうそこには昨日までの僕はいなかった。
いままでの世界線は遥か遠くに消えてなくなってしまったようだった。