カエルの女神と夜の王 第五話
ノックスは飲み物だけの朝食を終えるとどこかへ行ってしまったので、ラナデアは薄汚れた花嫁衣装を着たままひとりドローイングルームでぼんやりしていました。ベールの上に載せられた薔薇とオレンジの花輪はすっかり萎れてしまっていたし、白く幼い顔に施されていた化粧も取れかかっていました。けれどもこの屋敷には鏡がひとつもなかったから、ラナデアはそんな自分の姿には全然気がつかないでいました。
「おや、まだここに居たのかい。悪いね、つい片付けに夢中になってしまって」
ふいにラケルタの声がして、ラナデアはハッと顔を上げました。白いエプロンで手を拭きながら歩いてきたラケルタは、椅子に掛けているラナデアを見て呆れたような顔をしました。
「ラナデア。お前、元の屋敷では何もしないでいたのかい?」
「はい。わたくしは自由に部屋を出ることを許してもらえませんでした」
「ひどい親だね、どうりで何もできないわけだ。だけどこのお屋敷には私ひとりしか働く者がいないから、お前にばかり構ってはいられないんだよ。今日のところは部屋に案内してあげるから、そこでお眠り」
「はい、ラケルタさん」
ラケルタが案内した部屋は二階にある角部屋で、どこもかしこも薄暗く陰鬱な屋敷の中で唯一明るい雰囲気で壁紙も真新しいものに張り替えてありました。そして幼いラナデアに丁度いいような、桃色のビロードに金のフレンジ(※房飾り)がたっぷりと縫い付けられた天蓋つきのベッドや、こぢんまりとしたライティングビューロー(※書き机)が置いてありました。
「まあすてき!」
ラケルタの肩越しに部屋を覗いたラナデアは、ぱっと目を輝かせると踊るような足取りで中へ駆け込みました。真正面にとても大きな窓があったので日当たりは良さそうでしたが、とっぷりと日が暮れて外は漆黒の闇に包まれていたし、しかめっ面をしたラケルタがすぐにカーテンを閉めてしまったのでどんな景色が見えるのかは明日の朝までわからないでしょう。
「着替えはベッドの上に置いてあるからね」
「あら、これは男物ではないかしら」
「そうだよ。外で遊ぶのなら、動きやすい方がいいだろうと旦那様がおっしゃって」
「まあご親切に。今度お会いしたらお礼を言わなくちゃ」
これも桃色のコンフォーター(※掛け布団)の上にはネグリジェとナイトキャップ、それに新品のセーラー服が畳んで置いてありました。セーラー服を広げて合わせるとぴったりの大きさで、元の屋敷では姉たちのお下がりばかり着せられていたラナデアは嬉しくなりました。
「こんなに何もかも良くしていただいて……、わたくし、嬉しくてスキップしてしまいそうだわ。ノックスさまのところへ来て本当に良かった」
着替えをギュッと抱きしめうっとりしているのを見て、今度もラケルタは何か言いたそうにしましたが、やっぱりラナデアは気がつかないのでした。