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ギタリスト 成毛滋(なるも.しげる)さん が言っていたこと
成毛滋 というギタリスト
成毛滋さん、2007年のニュース記事より
ギタリストの成毛滋さんが2007年3月29日、大腸がんのため死去。60歳。
Dr.シーゲルの愛称で知られたギタリスト、
1947年、東京都生まれ。祖父はブリヂストンの創始者、石橋正二郎
70年に柳ジョージ、つのだ☆ひろ(当時、角田ヒロ)とジプシーアイズを結成。
ジプシーアイズから柳が抜けたストロベリーパス、ジプシーアイズのベースに高中正義を迎えたフライドエッグ。
グレコ・ギターに付属した、教則本やカセットのも有名
ここから私が加筆!
文化放送の深夜ラジオ「パープルエクスプレス」のロックギター講座
(1982(第1回放送) - 1991(最終回)、
それにまつわる教則ビデオの発売
1)よい子のロックギター ピッキング編
2)よい子のロックギター リズム編
3)よい子のロックギター 入門編
というようにキャリアの後半は 音楽制作活動よりも指導活動に力を入れていた方なのです
ちなみに ビデオのタイトルが 『よい子の~』 となっているのは
日本にはまだちゃんとギターを弾ける人がいないから、子供レベルのことからはじめるべき! という 成毛さん のジョークというか皮肉が込められています、笑
成毛さんを知ったのは、パープルエクスプレス、たぶん
私が成毛滋さんを知ったのは 深夜のAMラジオの「パープルエクスプレス」のロックギター講座、からだったと思います
当時の深夜、1:30とか2:00に放送されるラジオ番組、それも地元の北海道では放送されていない、文化放送の番組を知ったのは、偶然でした。
今考えても、この偶然はすごいな、笑
本州のラジオ放送を北海道で聞くのだから、ノイズはすごい、時々聞こえなくなる、果ては、異国の言葉のラジオが混線してくる、笑
こんな状態ですが、なんだかギター講座をやってる人がすごそうだ、説得力がある!
しかも、事あるごとに、『格好だけ一人前の日本のギタリスト』の真似をしてはいけません! とか
『自称プロ!のインチキ日本人ギタリスト』とかの言葉を連発していたので、俄然興味が湧きました、笑
私も初心者ながら、日本人のロックバンドは海外のバンドと全く違う!別物!と感じていたので、、、
そこから、中学の私は、このラジオのギター講座から学んだ
ことの猛練習がはじまりました。
1983年当時のギター雑誌、よりも成毛さんの言ってる言のほうがかなりまとも、真実っぽかった、、その差は歴然としてました。
成毛さんを知る前、
ギターはじめて数か月の頃から、ギター雑誌に載っているTAB譜面は間違いだらけ!と感じていたし。
〇〇の奏法分析!とかも、レベルの低いものが当時は多かった。
その頃は、ギター雑誌は インタビュー記事と 機材写真を見るために買っていた。
ギター雑誌の内容が良くなるのは90年代半ば頃からだと思う。
良くなった理由は どこかの誰かがやった〇〇の奏法分析!みたいな記事が減って、弾いてる本人、海外のギタリストに直接聞いたり、弾いたりしてもらう記事が増えたから。
おそらく、日本円! がパワーあった頃! 海外アーティストも良く来日してたし、ギャラも出せたんだろうなぁ、、、
今の日本とは雲泥の差。
世界初のミディアムスケールのストラトキャスター
FENDER JAPANの SQUIERブランドでSST-314という機種
私事だが、この番組、文化放送の深夜ラジオ「パープルエクスプレス」のギタープレゼントにハガキを出して見事当選してギターを受け取ったことがありました。
なんとそれは、世界初のミディアムスケール(ギブソンスケール)のストラトキャスターで、
FENDER JAPANの SQUIERブランドでSST-314という機種だった
SQUIERブランド名になっているのは当時の親会社 Fender USAが Fenderネームで(ギブソンスケール)のギターを販売することに難色を示したから、
と、成毛さんが 深夜ラジオ「パープルエクスプレス」で言っていた記憶あり。確か1983年らしい。
当時中学生だった私は、ラジオから聞こえてきた当選者発表、初代アシスタントだったジューシーフルーツのイリアさんの声でハガキが読まれて、
非常に嬉しかったのを覚えています
長くなったので 成毛滋(なるも.しげる)の体験的リズムマスター論 は次回、その前に
この パープルエクスプレス 放送期間は
1982年(第1回放送) 1991年 最終回)らしい
(Wikipedia より)
中学生だった私は 社会人になり
成毛さんや
高井寿さん (X の jun shu)
に実際に会って ギター習うことになるのでした。
渋谷にあった カワイサウンドシティー という楽器店で当時高井さんがギター教室やってたんです。
私は、北海道から引っ越して一人暮らししてました。ほぼそのために東京行った、w
カワイサウンドシティー の高井さんのギター教室では時々成毛さんが来てレッスンしてくれたり
ギタリストの 長崎聡 さんや 森岡 慶さんがきてくれたこともありました。
その後私は 1994年にアメリカの MI Musicians Institute の GIT
に行くことになるのですよ、、
続きます
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