『正欲』感想

朝井リョウの『正欲』について。
ハッキリとした言葉でのネタバレはないが、読了後の方のみお読みいただければ。
あらすじ等丁寧な文章は他の方が書いていらっしゃるので私は雑多に感想だけ。
ただの自分語りです。

2021年3月出版。
話題になっていて、読書系YouTubeも「衝撃」だと言っていたし、本屋でも平積みされていた。
約二年間、色々なところでこの作品の名前を聞いてきて、やっと読めた。
読みたいと思っていた二年間、情報は入ってきていた。
「読む前の自分には戻れない」「衝撃作」「胸が抉られる」「読後感最悪で二度と読み返したくない。でもきっとまた読んでしまう」「こんな人たちも受け入れないと多様性ではないの…?」等。

そうしてやっと読めた。
結論から言うと面白すぎて夢中で読んだ。
なので小説としては諸手を挙げて大絶賛だ。

それだけならわざわざブログに書かない。
読書は基本的に一人で読んで噛み締めて終わりだ。
何が悲しいって、散々聞いていた「胸が締め付けられる」「胸くそ悪い」という感想を自分が全く抱けなかったことだ。
知らなかった性癖はたくさん出てきたが、特に驚きはしない。ああそうなんですかで終わりだ。
「気持ち悪いよねぇ」「でも受け入れなきゃね…考えさせられる作品だよね…」って言う人達の輪の中に入れなくて寂しいだけなのかもしれない。
いや実際、小説の中の彼等も正直に話してたら、大半から気持ち悪がられただろうけど、ああそうなんだ、で済まされることもあったと思うよ。
そんなリスクのあることしないだろうけど。

私は生物学的に女。性自認も女。恋愛対象は男性。マジョリティである。
守られている側の人間だ。
主人公たちに対して「受け入れるよ」と無意識に上から目線で言ってしまう人間かもしれない。

だが、〈マイノリティの中にすら入れてもらえない彼等〉の言うことがよくわかるのだ。

私もずっとずっと、地球に留学している気持ちだ。
私は宇宙人なんだろう。間違えて人間として生まれてきてしまっただけの、人ではない何かなんだろう、と思ってきた。

彼等の気持ちがわかることが、苦しいっちゃあ苦しい。
「っちゃあ苦しい」という言い方の通り、そこまで苦しいわけでもない。
そんなことよりも、はっきりと「悲しい」という感情を抱くのは、この本を読んで、胸が抉られた、という人が多いという事実だ。

「ああ、本当にわからないんだ」

それを突きつけられた。
「繋がり」を求めることが正しいか間違いかわからないが、こう思ったのは私だけではないと思う。
こうやって、私だけじゃないよね?と問いかける行為もまた、少数派ではあるがレールから外れるほどじゃないよね?という確認行為なのかもしれない。

性的嗜好はマジョリティなのに、〈彼等〉の気持ちがよくわかるという人。一定数いると思う。

宇宙人だと思いながら、地球で人間として綱渡りをしている人種が、こんなにもセンセーショナルに映るんだ。と。
ただ、私のような一般人がSNSにそれを書いても「メンヘラ」「構ってちゃん」と一蹴されて終わりだ。有名人だってそうか。
朝井リョウという実績のある作家が、抉るように書いてくれたから、やっと伝わるのだろう。
逆に言えば特殊性癖という設定を使わなければ伝わらないと思ったのでは。

私はこの先も犯罪を犯すことはないと思う。多分。
いきなり特殊性癖に目覚めることもないだろう。
死ぬまでマジョリティ側で居られるだろう。
それでも、私は地球に留学していると思うことはこの先何千回もあるだろう。

朝井リョウの凄いところは、〈彼等〉のことを何も分かっていない無自覚なマジョリティである寺井検事を、悪人として描いていないところだ。
彼の言っていることはよくわかる。
不登校イコール駄目、とは思っていない。
単なる毒親ではない。
彼なりの正義があり、それは大半の人にとって正しくて有り難いことで、犯罪者を見てきたからこそ、息子の不登校に悩んでいる。

八重子あたりも悪人ではない。
いるよね、こういう人。ぐらいの温度感で書いてくれる。
個人的によし香は大っ嫌いだが。
八重子も最後、よし香に思うところがあったが、それでもよし香とこのまま文化祭を創っていくだろう。この辺りもリアルだ。
ダイバーシティフェスはある意味すごく参加してみたい。嘲笑しながらも、それなりに心を動かされることもあると思う。「感動したよ!」と伝えると思う。
きっと参加者の中にも居たと思うよ。うすら寒いものを感じながらも絶賛の言葉だけを運営に伝えた学生。

夏に実家に帰省した時、家族が、SNSで拡散された寿司屋の醤油を舐めた学生のことをよし香のように断罪する言い方をしていた。
家族はちゃんと社会に馴染んでいる。
そういう人たちの集合体が、いわゆる社会なんだろう。

「私は私がきちんと気持ち悪い」
「一秒もさぼらず自分を気持ち悪いと思っている」
(読み返してないので正確ではないと思う)
ここら辺もよくわかる。
カウンセリングを受けて、長い治療の中でその想いが少しずつ取り払われ、いわゆる自己肯定感というものを少しずつ身につけて、生きている。

この本を読んで何も驚きはしなかった人とは一生の親友になれるかもしれない。でもそんなこともめんどくさいから、まあ、なんでもいいや、どうでもいいや、と、重力に負けた顔面になる。
パーティの一員にすらなれない。

私個人としては、本当に胸を抉られるのは辻村深月なので、『傲慢と善良』を早く読みたい。
正欲で多くの人々が抱いた感想を私は『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』で抱いたので。二度と読みたくないのに今のところ三回読み返してしまった。抉られたいのだ。

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