シリア内戦に関する基礎知識

「シリア・アサド政権が崩壊」というニュースを聞いたが、「崩壊して新政権はどうなるのか?周囲の国への影響は?」というのが無学で分からなかったので、まずシリアという国に関する基礎知識を身につけることにしました。
ロシア軍との関係に焦点を置いた「「現代ロシアの戦争と戦略がまるごとわかる本」、「シリア内戦」などを底本にしています。

シリアに関する基礎知識

シリア・アラブ共和国はレバノンの東・地中海に面した地方にある。
この地帯はヨーロッパ・アジア・アフリカを結ぶ十字路となっており、古代から物流や商人の拠点となる都市が点在していたとされている。
近代においてはシリアはオスマン帝国の支配下に長らく雌服していたが、WWI後にオスマン帝国が連合国軍に敗北するとフランス委任統治領となった。WWII後にシリア共和国として独立すると、今度はアラブ側としてイスラエルと戦争状態となる。
イスラエルとの戦争を繰り返す中、シリアはソ連と接近しその衛星国の1つとなる。

ハーフィズ・アル・アサドによる独裁時代

ハーフィズ・アル・アサド(バシャール・アル・アサドの父親)は1969年実権を握り大統領となる。1973年、第四次中東戦争が勃発するとシリアも直ちにイスラエルに宣戦布告し、ソ連から供与された対空ミサイルや対戦車兵器でイスラエル軍に打撃を与えた。
ところがイスラエルがシリア地上侵攻に踏み切るとゴラン高原を失い、イスラエルに敗北する。シリアのアラブ世界での地位は低下し、代わりにソ連との関係強化で地位向上を試みる。一方ソ連も中東での影響力を強めるため、シリアとの関係を利用した。

アサド一族はイスラム教アラウィー派なのだが、そのため政治権力を脅かすスンニ派に弾圧を行い独裁体制を強化した。1980年代、ソ連の崩壊が目前となるとアサドは代わりにアメリカとの関係を強め共産圏瓦解に伴う政治的混乱を回避した。

バシャール・アル・アサドによる独裁時代

1994年、ハーフィズの長男バーゼルが突如事故死してしまい急遽その弟であるバシャール(今のアサド大統領)が指名される。彼は眼科医を目指していて政治と無縁だったが、父の命令で即席の政治権力を継承することとなる。

2000年6月、ハーフィズが死去するとバシャールは直ちにシリア軍総司令官に“即位”する。7月10日には大統領の信任投票を経て正式にシリア・アラブ共和国大統領となる。

バシャールが大統領に就任してまもなく、シリアでの核開発疑惑が浮上しイスラエル・ヨーロッパ諸国との対立が鮮明となる。またスンニ派やクルド人(シリア北部のロジャヴァ・クルド人自治区はかつてクルディスタンの一部だった)への弾圧など、人権問題でも国際的な非難を集める。

反政府軍の勃興

2010年代前半、北アフリカで始まった民主化運動「アラブの春」が中東に波及し始めるとシリアでも市民のデモやハンガーストライキが行われるようになる。また弾圧されてきたクルド人の武装勢力・スンニ派過激組織のアルカイダを前身とするヌスラ戦線が武装蜂起し反政府軍を結成する。トルコ・サウジアラビア・カタール等のスンニ派が多数を占める中東諸国はアサドの打倒・自国の権益確保などなどの面目で反政府軍に資金援助や武器供与などを行っていたことが明らかとなっている。

2015年には多くのシリア人将校が正規軍から離反し、「シリア自由軍」を結成している。また反政府軍にはイスラム教過激派組織の「イスラミック・ステート(IS)」、トルコが支援している「イスラム戦線」が参加していることが判明している。反政府軍も一枚岩ではなく、特にイスラム戦線とクルド人武装勢力は民族の違いと北シリアを巡って対立関係にある。

同年にはロジャヴァ・クルド人自治区にトルコ軍が軍事侵攻している。トルコ軍はトルコ政府と敵対関係にあるクルディスタン労働党(PKK)の武装勢力の鎮圧のため、と主張している。PKKはクルディスタン再建国とマルクス・レーニン主義を掲げるクルド人の武装勢力で、2023年11月にはイスタンブールにてPKK構成員が6人を殺害・81人に重軽傷を負わせる爆破テロ事件を起こしたことから日本国は国際テロリスト財産凍結法に基づいてPKKをテロ組織認定している。

ロシア軍による軍事介入

2015年9月、プーチンはシリアを失う事態を避けるためロシア軍を派遣し、シリア軍と協力して軍事介入を開始する。ロシアはイラン、イラク、シリア、レバノンのヒズボラなどといったシーア派諸国とその準軍事組織と良好な関係があり、軍事支援を行っていることが判明している。

ロシア軍は攻撃機を用いてトルコとイスラミック・ステートの支配地域をつなぐ原油輸出ルートのインフラを破壊し、シリア反政府軍の軍事拠点に空爆を行った。ロシア軍の空爆は絨毯爆撃(周辺一帯をもろとも破壊する戦術)で、民生用の水道や病院・変電所もろとも破壊したことから多くの民間人の死傷者・難民が発生した。

2016年3月には反政府軍が実効支配していた大都市アレッポが陥落したほか、ロシア軍が供与した対空ミサイルシステムのS−400“トリウームフ”の配備によりシリア上空の制空権を奪回した。ロシア軍とシリア軍の合同作戦により、アサド政権は2017年イラクとの交通インフラの奪回、2018年には首都ダマスカスを反政府軍から奪回し、北部のクルド人武装勢力を除くシリア反政府軍をほぼ一掃してしまう。

ロシア軍は攻撃機や対空ミサイルシステムだけでなく、特殊作戦部隊や民間軍事企業の従業員をも供与していた。特にウクライナ戦争にも参加しているワグネル社はシリア内戦にも参加しており、ロシア軍の訓練キャンプに滞在していたことが明らかとなっている。
ロシアはこの戦争を通して民主化を嫌う中東・アフリカ諸国との関係を深めたほか、内戦の長期化をもたらし多くのシリア人難民を発生させた。2017年、シリアは世界最大の戦争難民発生国となっている。

アサド政権崩壊

2024年になるとアサド政権を支持するロシアがウクライナ戦争・ヒズボラがガザ戦争に戦力を割かれたことからシリア内の軍事力が手薄となり、これを機にヌスラ戦線を前身とするシャーム解放機構(HTS)が主力の反政府軍がシリア攻略に乗り出す。シャーム解放機構はジハード主義を掲げるスンニ派武装勢力であり、シリア自由軍を前身とするシリア解放戦線やイスラミック・ステートと派度々協力・敵対を繰り返している。

2024年12月8日反政府軍はダマスカスに侵攻、アサド大統領はダマスカスを脱出しロシア連邦に亡命する。反政府軍は即座にシリア内閣を解体し、代わりに「シリア救国内閣」による新政府を設置した。

イスラエルによるシリア侵攻

2024年12月8日のアサド亡命・旧政権崩壊と同日、突如イスラエルがシリアに軍事侵攻する。イスラエル軍はゴラン高原に設置された国連停戦監視軍の緩衝地帯を超え、第四次中東戦争以降半世紀ぶりにこの地域を侵略した。イスラエル軍は「1974年の第四次中東戦争時のシリア政府との戦力引き離し協定はシリア軍が陣地を放棄したため破棄された」と(とんでもない主張と個人的に思うが)説明している。

イスラエルの目的はシリア新政府がイスラエルと敵対する事態を避けるため脅威となり得る武器やインフラを破壊すること、またヒズボラの武器密輸ルートとなっているシリア西部を封鎖しガザ戦争における敵対勢力を弱体化させることと推測される。

米軍によるシリア軍事介入

シャーム解放機構とクルド人武装勢力のシリア民主軍は一時期米軍と協力関係にあったことが明らかになっている。2019年10月にはイスラミック・ステート指導者の一人であるバグダディーを暗殺する作戦がアメリカ陸軍のデルタフォース・第75レンジャー部隊とシャーム解放機構との合同で行われ成功している。シリア民主軍はイスラミック・ステートにスパイを送り込み、その情報を米軍に流すという形で諜報活動に参加していた。

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