「間隔」

出会いは偶然だった。まあ、それと呼ぶには些か積み重なりすぎていたことは確かだけど。

いつだって君は私のそばにいた。学籍番号順も名前順も並んでいるのだ。英語でも数学でも専門演習でも、グループは同じで席は隣だった。いい加減顔も見飽きただろうと言うと君は、そんなこともないけどと返してパソコンの入った重いカバンを持ち上げた。

「次、遠いから急がないと」

やたらと広い学校の中を、カバンをぶつけあいながら歩いた。

「てか痛いんだけど? 無駄スペック文鎮持ち歩くならリュックにすれば」

「うるさい、手提げが好きなの。そっちこそリュックでいいじゃんか」

「背中が暑い」

「屁理屈」

文鎮こと私のパソコンは、帆布の手提げの中に申し訳程度の余白を残して収まっていた。今は隣の憎きやつを攻撃することに夢中のようだ。

「というか今日小テストだった気がするんだけどさぁ」

「そういうことは先に言うもんだよ」

君は少し歩調を速めて振り返った。ほら行くぞとカバンに付いたマスコットが揺れる。いい歳して全力ダッシュなんてアオハルだね、春だけに。なんて。

息をきらして講義棟に入るとひんやりとした空気に包まれる。君は文句を言いながらなんだかんだ勉強していた。

「教科書見してくんない」

「買ってないんだろ」

無事テストも終わり、ダラダラ続く講義は無法地帯と化していた。私たちは比較的真面目な方だった。君はセンセのご機嫌取りなんて考えてないみたいだけど、生憎私はポイント稼ぎに夢中なんだ。もちろん、君の。


夏が来る頃には私の鈍器は新しいリュックの中でふんぞり返っていた。なんだかんだと理由を付けて買ったそれを私は案外気に入っている。君はといえばあんなにバイトを詰め込んでいたのにいつもの雑把なスタイルだった。

「あちぃ。アイス食って帰ろ」

「またパピコ割り勘?」

「いや、今日は雪見だいふくの気分かな」

どっちでもいいよなんて答えて少し君の側へ寄る。あちーよと呻きゆらゆら歩く君の肌に触れた。離れた。

日差しが眩しい。君の方がもっと眩しい、なんて心の中で呟いたあたり、夏にやられている。

さっきから近くないですかね、などと言いながら離れる気もなさそうな君に少し己惚れる。

「あんさ」

「なに?」

リュックの方がやっぱいいの? と炎天下の君が言う。

「確かに暑いけどいい感じかな」

「だろ? まじで夏はきついって」

「まあ私は気に入ってるけど」

君に触れられる確率が上がるからね。

「んでもまぁ、リュックね。そろそろ買い時かも」

「きついんじゃないの」

「両手空けときたいんだよなあ」

とん、と汗ばんだ肌が触れた。思わず上を見上げると僅かに目線の高い君がこちらを見ている。

「あと、夏休みの予定ぜんぶ空けたんだけど。旅行でもどう」

それを聞いた時には立ち止まっていた。シャアシャアと蝉が音楽を奏でていたけれどそれも全て遠ざかっていくようだ。君、それは、そういうことなのかい。


「どこでも着いてくよ」

空白を埋めるようにゆっくり答えた。

「でも、静かなところがいいかな」

「うん」

「あと、夏だから、海に行きたい」

「うん」

「花火もしたい」

「うん」

静かに相槌を打つ君はじっとこちらを見つめている。その瞳は、夏の強い輝きを思わせる色だった。

「……君と、手を、繋ぎたい」

「うん」

私は少したじろいだ。君は、どうしていつも肝心なところで私を受け入れきってしまうのだろうか。

「気持ち悪くない?」

「全然」

だって今だってほら、こんなに近くにいる。そう言われてみれば私たちは恋人同士にしか許されないような甘やかな距離で居た。

「ん」

「……」

「あちぃだろ、コンビニ行ってアイス食いながらどこ行くか考えようぜ」

拒否を許さないような真っ直ぐな手のひらに汗ばんだ手を重ねる。しばし無言の時間が続き、焼かれたアスファルトに汗が落ちた時君はとうとうなにか言おうとしたようだった。

けれど、君の思い通りばかりになっていては癪なので、思いっきり走って君の肩に悲鳴をあげさせることにした。

君の全部がほしいなんて、大それた願いだと思っていたよ。今この瞬間までね。

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