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【陽だまり日記】甘い香り
子どもの頃、こっそりと開けた母のドレッサーの中には、白い丸い缶があった。
蓋を開けると中にはさらさらとした白いお粉と大きなパフ。
ふわっと香った、なんだかあまい、おとなの香り。
これは、おとなの女の人だけが持てるものなのだと誰に教わったわけでもないのに強くそう思った。
今から思えば、あの缶の大きさから考えるとファンデーション等ではなくベビーパウダーだったように思うのだけれど、ね。
その香りの名前が“ムスク”だと知ったのは、自分がもう大人だと思い込んでた頃。
大人のつもりで其の甘さを纏って、誰ともなしにちょっと微笑んでみたりしていた。
けれど、よくよく考えてみると、母は、赤ん坊の私にその香りを与えていたはずで。
つまり私にとっては、あの甘さはベビーパウダーそのもので。
大人の香りだと信じて、くるくるとはしゃいでいたことを思うと、なんだか笑ってしまう。
あれから幾星霜、鏡台の中には、ムスクの香りの香水がひと瓶、澄ました顔で佇んでいる。
これが、いつか、いつの日かベビーパウダーに変わるのかは定かでないけれど、たぶんずっと、この香りは私の傍らに居るのだと思う。