046.いちごの馬車のシンデレラ [Pd パラジウム][牡牛座16度][己酉]
俺はシンデレラのわがままに辟易していた。
馬車は絶対にいちごにしてくれ、と言って聞かない。ドレスもガラスの靴もいちごモチーフで統一してほしいそうだ。徹夜してやっとのことでこしらえた試作品はパッと見ただけで、
「ぜんぜんダメ、クールじゃない!」
ゴミ箱に捨てられた。
「センスが古いのよアナタ。こんなので魔法使いを名乗ろうなんて5億年早いわね!やり直して!」
吐き捨てるように言うと、思い切りドアを叩きつけ、工房を出て行ってしまった。
・・・何なんだあの女は。
あれが魔法使いに願いを叶えてもらう人間の態度か?
「信じられない」
俺は小さく呟いた。助手の緑川は、小娘に罵倒される俺を見て呆気にとられていたようだが、俺が振り向くとそっと目をそらした。気まずいのだろう。
すべては自業自得だ。同情した俺が間違っていた。
継母や義姉たちに虐められている可哀想なシンデレラの話を聞きつけ、俺は助けに入ったつもりだった。だが被害者としてのシンデレラ像は完全に彼女が作りだした創作物であり、実態は真逆だった。継母も義姉も、シンデレラの仕掛けた罠にハマり、悪者のレッテルを貼られて酷い噂を流されているだけだ。世間は、意地悪そうな人相の継母や醜い義姉より、美しく可憐なシンデレラの話を信じた。俺もその一人だ。魔法を使って舞踏会に行かせてあげよう、という約束を取り付けた後で、本性を現しやがった。恐ろしい女だ。
俺も魔法使いの端くれだ。一度した約束は破棄できない。「契約を破り願いを叶えない魔法使い」などと言われるのはプライドが許さない。何としてでも舞踏会までに、あの女が満足する馬車とドレスを仕上げなくてはいけないのだ。
約束を果たせれば縁が切れる。シンデレラは舞踏会に行って王子と結ばれる。めでたしめでたし。ハッピーエンド。それまでの我慢だ。
俺は心を無にして製作に集中した。何度も作り直し、何度も突き返された。理由は漠然としたものばかりだ。いちごの刺繍が小さいだの大きいだの、フリルを増やせだの減らせだの、言うことがしょっちゅう変わる。
「プリンセスは舞踏会の華よ。妥協は許さないわ!」
「しかし無理なものは・・・」
「無理を可能にするのが魔法使いの仕事でしょ?あなた魔法使いじゃないの?え?何なの!?」
シンデレラの要求はとにかく凄まじく圧倒的で、俺は従うしかなかった。最後には個人的な悪口まで言われたが、甘んじて受け入れた。
助手の緑川も、そんな俺を健気に手伝ってくれた。緑川は最近結婚したばかりの新婚家庭だから、本当は早く家に帰りたいはずだ。気がとがめるが仕方ない。奥さんは、俺の分まで差し入れの弁当を作ってくれる。栄養が偏ると体に悪いからと。ありがたいことだった。あの女とは比べ物にならない。
シンデレラのOKが出たのは、舞踏会の前日だった。
「やればできるじゃない。こういうので良いのよ」
満足気に言った。最後まで偉そうだ。自分じゃ何もできないくせに。憎まれ口が思い浮かんだが、なんとか抑えた。正直ホッとしたし、素直に嬉しくもあった。
「それではお幸せに」
いちごセットを抱えてご満悦なシンデレラを見送り、俺は一礼した。出来るのはここまでだ。だが心配する必要はない。この女なら舞踏会でもうまくやるだろう。王子には悪いが仕方ない。
シンデレラが帰った後、俺はふと鏡を見て愕然とした。若々しく黒々としていた髪が、白髪だらけになっている。徹夜続きの過労と心労がたたり、一気に老け込んでしまったようだ。笑うしかなかった。
後日、舞踏会に現れた美しいプリンセスの噂を人づてに聞いた。美しく可憐なプリンセスに王子は夢中になり、消えた彼女を見つけるため街中を探し回っているとのこと。あの女の創作劇はうまくいったようだ。
俺はこの話を忘れるつもりだった。元はと言えば俺が馬鹿だったのだ。ずいぶん酷い目にあったが、シンデレラとのことは悪夢だと思って水に流すつもりだった。
しかし悪夢は蘇る。
突然俺の工房を訪れたシンデレラは、ペラペラと一方的に話し出した。
「王子って全然ダメなの。見掛け倒しよ。私の願いを叶える力が全然ない」
「・・・そうでしたか」
結局王子とはうまくいかなかったのだろうか?シンデレラがどうなろうと俺の知ったことではないが、いちごの魔法が無駄になったかと思うと、少し悲しい。
「やっぱり肩書きに左右されちゃダメね。王子なんて名前だけだったわ」
「はは・・・」
どこまで偉そうなんだろう。俺は力なく笑った。
「私ね、もっと大切なものがあるって気付いたのよ」
「はあ」
「やっぱり夢を見る力。そして夢を叶える力。それが何より大切じゃない?」
「・・・はあ」
「夢を叶えてくれる人が一番なのよ」
「・・・・・・」
話の雲行きが怪しい。何か嫌な予感がする。
「それにね、自分のわがままだけじゃダメだわ。夢を叶えてくれた人に恩返しをする。そんなプリンセスって素敵じゃない?」
恩返し?
一体何の話だ?
「だから私はアナタの願いを叶えて、アナタのお嫁さんになってあげようと思うの」
「・・・・・」
「私の夢を、誰よりも一生懸命叶えようとしてくれたのはアナタだものね」
「・・・・・・・・」
「アナタは随分白髪だらけのオジサンだけど、そんなの私は気にしないわ。人は見た目じゃないもの」
誰のせいでこうなったと思ってるんだ。口を開きかけたが、その間もなくシンデレラは勢いよく俺に抱きついてきた。
「アナタは世界一の幸せ者ね」
そしてベッタリと熱いキスをされた。
一体いつ、俺の夢はこの女を妻にすることになったんだ?
「結婚パーティのドレスは、桃のモチーフがいいんじゃないかしら?桃の馬車と桃のドレスのピーチ姫。きっと素敵よ」
シンデレラにベタベタと抱きつかれたまま、俺は呆然としていた。
緑川は、小娘に抱擁される俺を見て呆気にとられていたようだが、俺が振り向くとそっと目をそらした。かける言葉が見つからないのだろう。
2022年1月18日 23:43