050.夢見る少女のお出かけ [Sn スズ][癸丑]
おめかしをして、少女ははじめての場所にやってきた。
赤いリボン、フリルのワンピース、ハート型のポシェット、ピカピカの靴。ここに来るために用意した、とっておきのお洋服だ。
「うん、とーってもかわいい!」
鏡に映った自分の姿を見て、少女は満足気に微笑んだ。こんなに可愛い女の子が来たら、きっとみんな嬉しくなっちゃうね。これから出会える人々のことを想像して、少女の胸には喜びが溢れてきた。
そこはとても素敵な場所だった。
自然がいっぱいで、空気が澄んでいる。小川の水は、透き通るように綺麗だ。小鳥さんは弾けるような声で、楽しげに歌っている。お天気にも恵まれ、空には最高の青空が広がっていた。
自分はこの土地に歓迎されているのだ。そう感じて、少女は嬉しくなった。ここのことをもっとよく知るために、町のなかを散歩してみることにした。
足取りも軽く歩いていると、道端でくつろいでいる猫さんに出会った。気持ちよさそうに日向ぼっこをしながら、足やお尻を舐めている。
「可愛い!」
少女は喜び、満面の笑みを浮かべながら、猫さんに近づいた。
「こんにちは、猫さん!」
猫さんはちらりと少女の方を見たが、逃げる様子もなく、相変わらず自分の体をペロペロ舐めている。とっても可愛い三毛猫だ。少女はそのふわふわの毛を触ってみたくなった。そっと近づき、手を伸ばす。猫さんは少し警戒する様子を見せながらも、体を触らせてくれた。
ふさふさした毛並みが気持ちいい。撫でているうちに、猫さんの体はぐんにゃりとしてきた。体温が温かい。心もじんわり温かくなってきた。やっぱりここに来てよかった、と少女は思った。しばらく戯れたあと、少女はお礼を言って、猫さんと別れた。
それにしても、なかなか人間に出会わない。
家はあるから人は住んでいるはずなのに。
試しに、目についた家のピンポンを押してみたが応答がない。小さな商店を覗いてみたが、お店の人の姿はなかった。せっかくこんなにお洒落してきたのだから、みんなに見て欲しい。だってこんなに可愛いんだもの。
みんなどこへ行っちゃったんだろう?
少女は途方に暮れ、無人の店の前に座り込んだ。ハート型のポシェットには、飴玉をたくさん詰めてきた。少女はその飴玉を一つ取り出し、口の中に放り込む。甘くて美味しい。出会った人たちにあげるつもりで、いっぱい用意してきたのだ。
それなのに、なんで誰にも会えないんだ?
しばらく考えて、少女はハタとひらめいた。
きっとみんな、どこかに集まっているんだ。今日はもしかしたら、お祭りがあるのかもしれない。
嬉しい!たまたま来た日にお祭りだなんて。
思いがけない幸運に、少女の胸は高鳴った。
なんてツイてるんだろう。それなら早く、お祭り会場を探さなくちゃ。
あっちかな?こっちかな?
少女は町のなかを、一生懸命に探した。
ようやく、遠くの方に人だかりを見つけた。数十人の集団が、ひしめき合うように固まっている。やっぱりみんな集まっていたんだ。少女は嬉しくなって、みんなの元に駆け寄った。
「おーい!おーい!」
みんなは少女に気づいているようだった。
しかしなぜだろう?
少女が近づいたら近づいただけ、遠くに離れていってしまう。
「おーい、おーい、みんなーー!」
声が届いていないのだろうか?みんながみんな、少女から離れていってしまう。一人くらい、待っていてくれてもいいのに。
「おーい、おーーい!」
歩いても歩いても、ちっとも距離が縮まらない。
「もおー、みんなあー、待ってえーーー」
駆け足になって近づくと、みんなも駆け足で遠ざかる。
どういうことだ?
少女は考えて、またハタとひらめいた。
これはきっと鬼ごっこなんだ。
今日は鬼ごっこのお祭りをやっていて、少女は鬼役に抜擢されたんだ。
来て早々、お祭りの仲間に入れてくれるなんて、やっぱりとってもついてる。少女の顔に、みるみる笑顔が溢れてきた。そうと分かったら、最高の鬼役をやって、お祭りを盛り上げなくちゃ。
少女はハート型のポシェットを肩から外すと、投げ縄のように振り回し、にこにこの笑顔で、人々を追いかけた。
「待でええーー、おまいらー!みんな食っちまうぞー!」
2022年1月26日 13:00