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がんサバイバーになったぼくが、“旅人”に戻るまで【3話】告知
このnoteは、世界を旅するコアラ顔の著者が、日本への長期帰国中に発覚した“がん”を乗り越えて、また大好きな旅に戻るまでの軌跡を綴る物語です。
1. 帰り道
検査を終え、検査着から自分の服に着替えて最初の小部屋へ戻ったぼくに、ドクターは静かな声で言った。
「先ほど見た腫瘤が良性か悪性かを調べるために、細胞を切り取って検査をしましょう。来週来られる日はありますか?」
ここまで来たら、さっさと結果を知りたいぼくは、2日後にあたる翌週の月曜日に再受診することを即決した。
クリニックのあるビルを出ると、エアコンで涼みきった身体の爽快さを、昇り切った太陽がいとも簡単にさらっていった。
いつもならほほえんでしまう抜けるような青空も、この時のぼくの心を満たしてはくれなかった。
視線を落とした先のアスファルトに、さきほどモニターで見たばかりの不穏な影を映しながら、ぼくは帰路についたのだった。
2. 組織診
2日後、前回とはまた違った緊張感を携えて、ぼくはクリニックへ向かった。
この日の検査は「乳腺腫瘍画像ガイド下吸引術」(以下組織診)という名称で、所要時間は15分程度だった。
まず、エコーで腫瘤の位置を確認して印をつけ、麻酔の注射を打ったあと、印をつけたところをメスで数mm切開する。
切開したところから針を差し込み、体内の腫瘤を切り出してくるのだが、切り出す時に、バチン!と音がして、これがけっこううるさい。
器具は、細身のハンディクリーナーの先が長い針になってるようなものをイメージしてもらえたらと思うのだけど、中にカッターが内蔵された針を刺して細胞を切り出し、ハンディクリーナーでいうゴミ袋みたいに内部にある専用のケースでキャッチする構造のようだった。
局所麻酔はしていたけれど、時々針の方向?によっては痛みを感じつつ、5〜6回バチン!として検査は終了した。
組織診のあとには、止血のためにクリニックで用意されたバストバンドを巻いて帰宅するのが通常らしいのだけれど、ぼくは普段から胸を締め付けて目立たなくするシャツを着ているので、バストバンドはしなくていいとのことだった。
トランスジェンダーであるがゆえに着ているシャツが、まさかここにきて役立つなんて思っていなかったけれど、これを10数年ずっと着ているのだと改めて考えると、身体に悪い気しかしないのは一旦置いておこう。
はてさて、無事に腫瘤の一部を切り出すことができたわけだけれど、検査結果が出るまでには10日前後かかるということで、次の受診は、お盆が明けた翌週の月曜日に決まった。
3. 結果待ちの間
組織診から2、3日は、仕事などで体を動かしていると、時折傷口というか体内の細胞を切り取られたあたりが痛んだ。
お盆はちょうど繁忙期で9連勤だったのだが、暇ができると結果が出るまでの時間がじれったく感じてしまうので、忙しいのはありがたかった。
9連勤を終え、博多で買い物をした帰りがけ、ハッピーアワーにつられてふらりと居酒屋に立ち寄った。
ビールを飲んでいても、検査結果や今後についてのあれこれが頭の中を埋め尽くしていく。
とにもかくにも、結果が出ないことには先の予定が立てられず、ライフワークである旅にも出るに出られない。
次の旅が決まっていないことは、ぼくにとって最大のストレスだった。
正直、病気が発覚するかどうかよりも、次いつ旅に出られるかのほうが、ぼくにとってはずっと重大だったのだ。
病気なら病気で、治療方針や治療期間や必要経費が、最悪の場合なら残された時間が、早く知りたかった。
このどっちつかずの状態から逃れたかったぼくは、なんだか人恋しくなってしまって、ついLINEを開いては、スクロールした履歴から何人かにメッセージを送った。
この日までに乳がんを疑って受診していることを話していたのは、親友と旅仲間の2人だけだったから、そこでの会話はどれもたわいもないことだったけれど、そんななんでもない時間が心地よかった。
4. 告知
やきもきする2週間がやっと終わりを迎えた8月19日、ぼくは3度目となるクリニックを訪れた。
看護師さんに、いつもの小部屋に案内されると、ドクターがあいさつもそこそこに、デスクに置いてあった病理検査報告書をスッとぼくのほうへ差し出した。
しかし残念なことに、パッと見たところ達筆すぎてほぼ読めなかった笑
顔をあげると、ドクターは「検査の結果、画像に映っていた腫瘤はがんでした。乳がんです。」といつも通り静かな声で言い、報告書の各項目を指差しながら、1つずつ解説してくれた。
《病理検査結果》
・浸潤癌
・ホルモン受容体 陽性
・HER2 陰性
・Ki-67 10%
・ルミナールタイプ
・ステージ2A
※検査結果に関する用語の解説は、こちら を参照ください
現状で考えられる治療方針は、まずオペを行い、その後ホルモン療法の流れだそうだ。
その上で、この病理検査は、あくまで切り出した組織を調べただけのものであるため、転移がないか全身を検査する必要があること、そのため今後は紹介先の大学病院を受診すること、今後の検査によっては治療方針が変わる場合もあることなどの説明を受けた。
ドクターが説明している間、視界の端では、看護師さんが心配そうにこちらの様子を伺っていたけれど、ぼくはといえば、「ハイキュー(8月19日)の日に告知なんて覚えやすくてちょうどいいや」なんてのんきなことを考えていた。(ぼくはハイキュー‼︎が大好きなのである)
それというのも、やっと立ち向かうべきものの正体がわかって、すっきりしたのだ。
何だかわからないものと対峙している時の方が、よっぽどストレスだった。
それに、ぼくは小さい頃に交通事故で内臓破裂を起こして九死に一生を得たのだが、そのことに比べればなんてことないように思えた。(あくまでぼくにとっては)
物心ついてからもオペは2回、入院は4度あり、オペに対しての恐怖心はまったくなかったし、不謹慎な話だが、トランスジェンダーで胸を日々押し潰して生きているぼくにとって、乳がんのオペは、親への罪悪感なく胸とサヨナラできるチャンスに思え、ワクワクさえしていたくらいだったのだ。
【4話】へつづく
このnoteは、ガンと向き合う管理人こあらの軌跡です。
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