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創価3世として②

そこから私は大学進学するにあたって哲学科を志望した

哲学を学んで宗教の価値を計りたいとか、宗教の本質を知りたかっただとか、そんな高尚な思いは無く、ただ純粋に、哲学科に入ることで学会活動と距離をとれると思った

哲学を学びたいという姿勢を示したら、町内の学会員はきっと身構えるだろうし、母親に娘の人生を違わせてしまった、というある種、責任感を感じさせることができると本気で考えていた

私にとって哲学科志望は報復だった

その意図が伝わったのかはよく分からないが、今現在母親はほとんど学会活動をしていない

相変わらず脳死で公明党支援の候補に投票しているし、私にもモッチーに投票ね、と念押ししてくる 聖教新聞も届き続けている

それでも座談会や会合には参加しなくなったし、家焼肉をするときにはホットプレートの下に聖教新聞が敷かれるようになった

選挙の際の一言を聞き流せるようになり、学会関連で衝突しなくなったのは母親と学会の物理的な距離の増幅という理由に加えて、哲学というクッションが媒介するようになったからだと確信している

別に学部4年間、院2年で宗教論をメインにやってきたわけではないが、私にとって哲学、というかアカデミックの領域のスタンスは心地よかった

大白蓮華や聖教新聞、人間革命のような言葉の押し売り、感情を意図的に揺るがそうとしてくる厭らしさが滲んでいないだけで、こんなにも学びたいと思えるのだと思った

私と創価学会の関係について話を聞いてくれる先生方の存在も心強かった

自分の気持ちや考えていることを自分よりも上の立場の人に赤裸々に告白することへの恐怖が芽生えていたため、何度も泣いてしまった

今思うとこれは前回述懐した母親への意志表明の一件が関わっているのだと思う

それでも話を聞いて、私の心と精神にかかっている負荷を取り除くのではなく、浮かせてくれた先生方の暖かさには本当に感謝している

もしこの負荷が取り除かれていたら、その時点で私は表現のきっかけを失っていた

死んでしまいたい気持ちに囚われ苦しさに巻き取られ息もできないくらいに泣いて、そこで初めて私は表現することに対して前向きになれる

普段は自分のことなんて知ってほしくないし評価されることは怖いし説明するのは面倒だし、興味ももたれたくない

でも、苦しくて苦しくて、泣いて喚いて初めて、分かってほしいと思える

その手段に文章を書くということを選べる、あなたの書く文章が好き、書いてほしいと言ってもらえる環境にある私は恵まれていると素直に言える

それは紛れもなく、哲学科に入ることを選んだ私がつかんだものだ

選択の余地がない選択肢はこの世の中に嫌と言うほどあるが、全てを諦めて順応するのと、苦しんでもがきながら強いられた道を行くのでは雲泥の差がある

あのとき諦めて勤行を声に出して読むようにしていたら、私は今何をしているのだろう

行動の端々に滲むものこそが人生の岐路と化すのだと思う

本当に辛いしいつだってマイノリティだし母親との関係が上手くいっているわけでもない

でも、哲学に恩返しがしたいと思えるし文章を書いていたいと思えている

そしてこの現状を許してくれている母、学会活動に関して何も言及せず見守ってくれている祖父母からはきちんと愛情を感じている

「忘れるために、道具を使って記録にとって、共有するのも自己の能力の一つかもです」

反学会運動、2世被害者の会に参加するほどのモチベーションはないし、かといって学会とのつながりを忘れることもできない

それは学会員が救われていると感じているのと同じように、私もまた哲学とその周辺の人々に救われていると実感しているからだと思う

場と手段が違うだけで、つながっていたいし所属していたい

未だに私の個人名宛にポスティングをしてくる地区の学会員には、

あなたが学会に救われていることは事実だと思います。でも私にとってそれは哲学であって、私に学会は必要がないです。とだけ伝えたい

にしても女性部グループ総会の内容が美容講座スキンケア・眉毛の描き方て…。非学会員のこと囲むための手段が姑息なところは本当に気持ちが悪い

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