黒田光輝くん誕生日おめでとう


黒田くん21歳おめでとう


黒田くん生まれてきてくれてありがとう!黒田くんのママもすみちゃんも(チョコも)ありがとう!これ、全部当たり前じゃない。

これを書いてる今は、2024年の9月下旬。わたしは文章を書くのが苦手、というより、改まって黒田くんへの気持ちを伝えることに覚悟が必要だと感じた。

時を重ねれば重ねるほど、黒田くんへの好きでいっぱいになって、わたしの特別になっていった。黒田くんが好き、という中に含まれているたくさんの思いを、自分が知っている限りの言葉を並べたって、そのまま伝わるわけではない。しかも、これを書いてる瞬間、ステージに立ってる瞬間、黒田くんのことを考えて文章を書く瞬間、その都度じゃなくて、ずっと好きだし、特別。なのにどうしても1部しか切り取れないことが悔しかった。

でもそれでいいのかもしれない、と思った。

黒田くんは、月に1回更新される定期ブログで、この1年何度も「だいすきだよー」と伝えてくれた。「だいすき」の要素は全然分からないけれど、説明して欲しい訳ではなくて、単純にそう言ってくれたことがとてもうれしかった。

好きを受け取る側は、結局、気持ちというその瞬間の幻のようなものをむりやり言葉を使って渡されるので、どんなものかなんて好きを渡す側にしか分からない。好きをはかるものさしもないし、定義もない。けれど、好きと言われてわたしがうれしいと思った気持ちは本物で、わたしが保証人。

同じ言葉を投げかけることで、わたしがうれしいと思ったことまで伝えられたらいいのにと思ってしまって、黒田くんにとってもこれがうれしいことであればいいのにと願ってしまった。

それに加えて、黒田くんは、愛があまりにも似合いすぎる人。自分をどう愛するか、他人をどう愛するかを分かっている。だから黒田くんの周りにはいっぱいの愛で溢れているんだと思う。
「影響されてよ笑 依存レベルまで」と言った黒田くんなら、わたしのありったけの愛を受け止めてくれると信じられる。

だからわたしの願いを届けてみたい。








アクトワン


2024年1月20日、わたしは帝国劇場に足を運んでいた。Dreamersでど真ん中に立って歌う黒田くんを見て、今年はこの人を軸にしてみようと決意した。だってなんかすごく輝いてたから!輝きを手に入れたくなって、好きの真ん中にいて欲しいって思ってしまった。それより前も黒田くんが好きだったけれど、今年は特に会える機会をたくさん作ってくれて、ブログもマメに更新してくれて、いつのまにか、呼吸とかと同じくらい生きることと直結していた。今では、好きの真ん中というより、黒田くんしかわたしの中にいないような錯覚にかかっている。

おいしいものを食べたとき、きれいな月が見えたとき、黒田くんに会いたくなる。ふとみたスマホに1:20と表示されていたらなんだかよく眠れそうだし、ジェントルモンスターの前を通るときそのサングラスをかけた黒田くんを思い出したり、渋谷で黒田くんと同じキャップをかぶっている人を見てちょっとドキドキしたりする。雨の日には髪の毛がくるくるになって、癖毛を直すのが大変なのかなとか考えたり、地震がきたら安全な場所にいるかなと心配したりする。生活のどこを切り取っても黒田くんがいた。黒田くんを好きでいるということが、わたしの光になって、毎日を照らしていた。




うねり


初の主演舞台だったうねり。1番緊張したのはうねりの初日と答えるくらい、黒田くんにとって大きな機転を迎えた作品。檜山くんが「光輝の方が向いてそうだから」と、黒田くんのことを座長として立ててくれて、支え合いながら出来た作品。同い年で同じ高校で同じグループで、いろんなことを一緒に経験してきたからこそ、息ピッタリで、まるで双子のようだった。お互いがお互いを「相方でよかった」とブログで書くほど、ふたりが信頼しあって支え合って高めあっていて、その関係性の尊さが作品にも反映されていた。

何度も同じ舞台を見ていると、「なんで同じものをそんなに見に行くの?」と聞かれるけれど、舞台は毎回同じ内容でも、毎回違うから。同じ涙でも、今日は悔しいが強い日なのかな、今日は抑えきれない気持ちが涙として現れたのかな、と伝わってくる。公演を重ねるごとに、わたしの中で踊平が鮮明になっていき、作品として彩られいく。フィクションなのに、フィクションじゃないみたいに。





夢見る白虎隊


そんなうねりを経ての、白虎隊では、湧ちゃんに「うねりの時も堂々たる姿で主演を張っていましたし、黒ちゃんに皆を引っ張ってもらいたいです」と言われていた。

白虎隊を観劇したとき、最初に感じたのは、わたしの知ってる黒田くんはいない ということだった。
黒田くんのことが好きで、その思いから作品を観劇したのに、突然、何だか作品に対して失礼な気がして、好きという感情を一度横に置いてみた。それでも、役柄としての黒田くんの輝きに心を奪われてしまった。眉毛の動かし方、威厳を感じさせる首の角度、目線の動かし方、生唾をゴクりと飲む喉仏の動き、トーンの抑揚、胸を2回叩く仕草、全てが繊細で、その空間に本当に飯沼貞吉が存在しているようだった。そんな輝きと存在感を放つ黒田くんに、また好きという想いが募っていた。

黒田くんがどんな思いで貞吉を演じたのかは分からないけれど、わたしは「夢見る」ことに素直だから、貞吉を演じたことに意味があるのだと思っている。内村くんに「わんわんの理想は穴だらけ、実際本人はそれを貫く気でいるし、そのくらいの気持ちでいた方が大きい夢を掴めるんじゃないかな」なんて言われていたのを思い出す。自分自身が叶えたいことにまっすぐで、他の人を巻き込む力もあるから、飯沼貞吉という役柄を演じたのではないだろうか。

だから、大千秋楽やブログで「夢見させてもらってありがとうございました」と挨拶した黒田くんのことを忘れたくない。「夢見る白虎隊」というタイトルをどう噛み砕いたのか、どう表現しようとしたのかが、その言葉に詰まっているようで、黒田くん自身が「夢見る」を理解していることの表れだったから。飯沼貞吉は黒田光輝にしか演じられなかったんだと、確かなものになった。









The Shining Star


20歳の黒田くんがわたしにくれたたくさんの宝物の中でも、やっぱり横浜アリーナは特別だ。声援が響く中、黒田くんの姿がどれほど輝いていたか、忘れることはないだろう。あの時間を永遠にしたかった。ずっとこの衝撃を味わっていたくて、過去にしてしまうにはもったいなかった。だけど、あの景色を何度も思い出して、あの感動を反芻しても、それはそれで宝物が彩られていくみたいで、綺麗だ。

初日と2日目で髪色を変えてくれた黒田くん。わたしたちが喜ぶ顔がみたいというその一心で、睡眠時間を削ってまでビジュアルを変えてくれた、その想いが何よりも嬉しくて幸せだった。できるならば、髪を染めるのにかかった時間分、わたしの寿命をあげたかった。

横アリ後のananで「日本で一番売れるとか、世界で1位をとるとか、そういう熱量も確かに必要だと思うけど、それ以前に僕がなんのためにやっているのかと考えたとき、1位になりたいからではなく、ファンを喜ばせたいからなんだよなって。応援してくれる人たちを誰も置いていかず、いろんな刺激を届け続けたいです」と言ってくれた黒田くんの言葉に嘘は全くなかった。周りから黒田担は幸せだね、と言われるけれど、それは、黒田くんが好きを言葉にしてくれて、行動で示してくれるからで、自信を持って幸せだと言える。

MC後のさくらガールが堪らなく好きだった。さくらは儚い。はじまりとおわりが絶対あって、季節の象徴になるくらいの存在感を放つのに、あっけなく散ってしまう。けど、横アリに立つ黒田くんは儚い、だけではなかった。さくらガールを歌う黒田くんは約束、だった。さくらは散ってしまうけれど、次の春も満開に咲いて、春を教えてくれる。あの曲のさくらは、はじめての横浜アリーナはたった一度きりの瞬間という儚さに、また横浜アリーナに立ちたいという未来に向けての約束が混ざっていた。それがすごく好きだった、さくらが寂しくなかったのははじめてだったから。

何よりも忘れたくないのはThe Shining Star。わたしは黒田くんのことを太陽みたいな人だと思っているけれど、少年忍者の皆さんは星だと思っている。だからこそツアータイトルにもなったThe Shining Starはぴったりだ。遠くだとキラキラしてるけど、近くで見ると燃えている。手が届くことはないけれど、わたしたちの瞳の中に入り込んで満天の星を広げてくれる。少年忍者はそんなお星さまの集まりだ。

センターステージに横一列で並んでいた20人の、幸せを噛み締めるような表情があまりにも美しくて、公演が終わってしまうのが寂しかった。
織山くんの「みんなキラキラした目でステージを見つめてて この瞬間がずっと続いて欲しいなって思いました」というブログを読んで、アイドルもファンもおそろいの気持ちだということが、あのときの一体感の裏付けだとわかった。この瞬間をずっと続けるなんて絶対にできないからというネガティブな祈りではなくて、永遠にはできないけど、これからも同じくらいのキラメキを何度も繰り返して、永遠なんじゃないかって、そんな心地よい錯覚に陥っていたいというような、ポジティブな祈りだった。

The Shining Starの歌詞は、「未完成な僕らの旅だから 道標はいらない とにかく進むんだ 前へ前へ」と彼らの決意表明のようだ。横アリではじめて披露された2番には、「思い出という絆は不滅さ」「無限にある道の中 巡り会えた運命」で、ファンも含んでいると解釈できる歌詞があった。だからこそ、横浜アリーナに立つ少年忍者は、輝いてるだけじゃなくて、その輝きをわたしたちに散りばめて、もっともっときらめいた、見たこともない絶景に連れて行ってくれそうな強さを感じた。ついていきたいと思った。




PASSION


The Shining Starから繋がっていたPASSION。NaNaNaで、ときめききらめきを詰め込んで未来へ贈る歌をうたい、Forever, ever and ever Don't give up, give up Believe in yourself終わらないパレードを約束してくれた。はじまりもおわりも、未来を旅して、永遠にしようとしていた。
少年忍者の瞳の中に、彼らのみているものや考えてることが映っている気がして、吸い込まれるように覗いていた。無数のペンライトの光が星空のようだった。ファンが見ていた景色と少年忍者が見ていた景色は違うのに、まるで同じもの(星)を見ているようだった。星は自ら光を放ちながらも、その光が届く先の何かを優しく包み込んでいる存在。彼らの瞳に映るのは、きっと彼ら自身が照らし続けたい未来や夢で、それは宇宙のように果てしなく広がっていた。流れ星よりも信じられる強さと輝きだった。








絶対アイドル辞めないで


今年から不定期更新が始まって、マメにブログを更新してくれる中、黒田くんの言葉に安心することもあったけれど、やはりこの怒涛のジュニアの変容は無視できなかった。黒田くんがくれる言葉は、いつだってやさしくて、すなおで、愛に溢れている。わたしの生きる活力になる。でも、どこまでも一方通行で、こちらから何も贈れない、というより、黒田くんがくれるものが多すぎて、そう思ってしまうのかもしれない。

「ファンのみんながペンライトやうちわを一生懸命振ってくれるのを見てエネルギーになってた」と、わたしたちが黒田くんにパワーを届けられていると、そう伝えてくれた。それでも、黒田くんがステージに立ち続ける理由にはなれないだろうなと思ってしまう。好きだから、何らかの形で黒田くんの力になっていたいというエゴがある。今までもらったたくさんのきらめきの恩返しがしたい。好きだから、幸せになって欲しいと本気で願っているし、そのためにできることがあるなら何だってしたい。けれど、願わなくても、自分自身で手に掴める人だと信じられる。そう思うと、わたしの愛は無力です。

なにかを継続することは難しくて、継続したところで望みが叶うとは限らないと思うと、尚更だ。不確かな未来を信じることに要する力はあまりにも大きい。デビューというのは、運とか実力とかそういう次元ではもうないのかもしれない。あまりにも未知数で、もはや幻想のよう。それを追い求めるなんて、どれほどの勇気がいることだろうか。「昔から水泳とかをやってきたけど結局続かなくて。入所して10年近く続けてきて、天職だと思っている」とまで言ってくれたことが嬉しかった。今がどれほどの奇跡かをわたしは分かっている(つもりだ)。

本当は絶対アイドル辞めないで、と願っているのだけれど、わたしは黒田くんの人生の責任を取れるほどの存在ではない。もし、新しい夢が出来たならそれは全力で応援したいし、黒田くんが、描いた夢をいつだって追い求められるような環境にいて欲しいと思っている。
それと同時に、今までもらったたくさんのきらめきは、わたしの日々を支え続けていることも、事実だ。ステージに立つ黒田くんが夢で、わたしはその夢を追いかけている。黒田くんが好きです。アイドルの黒田くんが特別で、わたしの好きを形作る。気持ちはその瞬間の幻のようなもの、と先述したが、その幻に明かりを灯し続け、本物だといえるまでにしてくれたのは黒田くんだ。
これから黒田くんがどんな選択をしてもいい、それがアイドルじゃなくてもいい。けれど、絶対アイドル辞めないで、と願ってしまうことをどうか許してほしい。







最後に何よりも伝えたいこと


振り返ってみると、この1年は黒田くんからたくさんの宝物をもらっていた。こんなに文字数があるのに、1年の中のほんとにたったの1部で、やっぱり気持ちを伝えるのってすごく難しい。このなかで何よりも伝えたいことは、20歳の黒田くんへの感謝。

黒田くん、2024年もありがとうございました!

21歳の黒田くんもごはんをもりもり食べて、あたたかいお布団ですくすく寝て、大切な人と笑って、最高の人生になりますように。そして、そんな黒田くんの人生をこれからも見届けられますように。愛しています。




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