毛深イイ話
私の右手 薬指の第1関節と第2関節の間には毛が生えている。
私の眉毛は産毛で前髪と繋がってる。
私の耳たぶには透明な毛がもっさり生えている。
そう、私は毛深いのだ。
父は毎朝、居間で髭を剃っていた。
あぐらをかいた足元に、新婚当初に買ったという緑色のゴミ箱を置き、飯台に鏡を置いてNHKを見ながら電気シェーバーで髭を剃っていた。
母が、そこは食事をするところだし汚いからやめて欲しいと言っても意に介さなかった。
夏休みのある日、居間から電気シェーバの音がした。
?
時計の針は11時を指している。
父はもうすでに出勤している時間だ。
そっと覗いてみると、
大きな病院に行くために田舎から出てきていた父方の祖母だった。
祖母が飯台に鏡を置いて電気シェーバーで髭を剃っていた。
鼻の下を伸ばしたり、顎の皮を引っ張ったりして入念にシェービングしていた。
父やCMで見るおっさんと同じ仕草だった。
なんだか見てはいけないものを見た気がして、忍者のようにその場を去った。
っていうか、居間で髭剃りは遺伝だったのかよ。こんなことも遺伝するのか。
いや、家族だからか。
中学生だったある日、眉毛と前髪が繋がってるっ!って気づいてから、とても憂鬱だった。
でも、ばーちゃんの髭剃り事件以降、
なぜか『遺伝じゃしょーがねー。まぁ、前髪上げなきゃ見えないしな。』
と思えるようになった。
高校生の頃、母親に
『あんたの前世は多分、クマだったと思う。』
と神妙な面持ちで言われても、
『はぁ?イタリア人だし!』って言い返せた。
(パスタが好きだったので、高校生の頃、自分はイタリア人として生まれる予定だったけど、生まれる国を間違ったんだと思っていた。毛深さ関係ありません。)
私が大学生の頃、祖母は寝たきりに近い状態になった。
言葉を発することもなくなり、家族のことも分からなくなった。
私や家族が体を拭いたり、寝返りを打たそうと体を起こすと、ものすごい形相で睨み付けた。しんどいから寝かしといてくれと言っているようだった。
ある日、病院に行くと、祖母の顔にチクチクと固そうな毛が生えていた。
顔を拭きながら「あぁ、剃ってあげたい」と思った。
ばーちゃん、元気だったらあのシェーバーでジョリジョリ剃ってたはずな。
でもなんだか私が手を出していい領域じゃないような気がして、私にはできなかった。
お盆が来ると、毎年、ばーちゃんの髭のことを思い出す。
その毛深さは脈々と受け継がれ、私の娘ももっさりしている。
女の子なのにな、、と思いつつ、私はこう思うのだ。
ばーちゃんの遺伝子はちゃんと受け継がれているよ!私はばーちゃんのこと忘れないよ。
でも、そのうち娘にも脱毛さーせよっと。
毛の役割は体を守ることらしいけど、
守ってもらわなくても大丈夫、あたしは平気よ!