短編小説#11 濡れる女
私はいま、雨に打たれている。
傘を差さず雨に打たれている。
笹の葉が風に揺れて擦りあっているような。草原を風が駆けていくような。
上品な雨音を肌で感じながら聴いている。
高低差のないやわらかい雨音は社会の雑音を遮断してくれる。
水を含んだ服がカラダにへばりつく。
その感覚が気持ち悪くて不快に思う人がいるらしいが、私はそう思わない。
誰かに体を抱きしめてもらっているみたいで心が温かくなる。安心感を覚える。それで満たされてる私を滑稽だと笑う者は正常者であろう。私がおかしいのだから。
渇いた愛と寂しい心が潤っていくこのひとときが、わたしはたまらなく愛おしい。
雨水を吸いあげた黒髪に重みが増していく。
生きている実感がした。
顔を空に向けた。瞳の色がねずみ色に変わった。
顔にしたたる雨水は首元から谷間を通りすぎて、
股下から地面へ流れゆく。
雨水は肩から脇下をなぞる。
太ももの裏からひざの裏をなぞる。
体中を指先でなぞられている感覚がした。
そのこそばゆさが『快感』だった。
雨水と粘りけのある水が膝裏を通りすぎる。
雨の日はこうして待っている。
特定の誰かではなく、不特定の誰かを。
「大丈夫ですか? 風邪引きますよ?」
雨が止んだ。
横を向くと優しそうな青年が傘を差し出している。
青年は雨に濡れた私の体をみると、頬を赤らめて顔をそむけた。
純粋で優しい青年だった。そんな彼に、私は微笑みかけた。
「ありがとうございます」