物議を醸すもの
『物議を醸すもの』
パリオリンピックの開会式の一部が、
悪趣味だと話題を呼びました。
首をはねられたマリーアントワネットが、
生首を手に抱えて歌うという演出がされ、
物議を醸しました。
聖書の一場面である「最後の晩餐」が、
派手な女装をした人たちで表現された事が、
ある筋の人たちからから、
侮辱だと痛烈な批判を受けたとの事です。
近頃随分、悪趣味なものが大手を振って、
多くの人の目に留まる所に現れる、
という事が増えているようです。
来年には大阪万博が開催されますが、
マスコットキャラの気持ち悪さが、
話題となっています。
何故、マスコットを気持ち悪くしたのか、
という事について、現代の社会の中で、
美しいものより、批判を浴びるものの方が、
人を引き付ける効果があるという解説を、
どこかで読みました。
記憶に新しい話として、東京都知事選で、
随分たくさんの立候補者が現れ、
物議を醸すことがなされ、話題を呼んだ、
という事がありました。
選挙に当選して、東京都知事となって、
東京をより良くしたいという志ではなく、
目立つ事をして話題を呼び、
SNSのフォロワーを増やし、
動画の再生回数を上げるということが、
大きな目的だったようです。
現代人が追い求めているものは、
より真実で美しいものではなく、
悪趣味でも、批判殺到でも、
より注目を集めて話題を呼ぶものなのです。
ところで聖書の中に、すべて真実なこと、
全て尊ぶべきこと、すべて正しいこと、
すべて清いこと、すべて愛すべきこと、
すべて評判の良いことに、心を留めなさい、
と書かれている箇所があります。
意図的に批判されて、話題を呼ぶことが、
正しいこととか、愛すべきことでは、
少なくとも、ないのだと私は思います。
オリンピックの開会式の中で、
物議を醸し出す演出がなされたという事に、
どんな真意があったのかは、
良く分かりません。
一口に悪趣味なものとは言っても、
それはもしかしたら、作者にとっては、
真実や美しいものを、
追い求めた結果なのかもしれません。
しかし、本当に大切なものはきっと、
シンプルに大切と感じられるのでしょうし、
大切なものを大切と思える感覚を、
なるべく見失わずにいたいです。
いつも読んで下さり、
ありがとうございます。