フィクションがビジネスをソウゾウする ~SFプロトタイピングのススメ~
IDL[INFOBAHN DESIGN LAB.]は、企業が新規事業を開発するプロセスを“デザイン”という能力で支援している。
新規事業開発にあたっては、既存の製品やサービスを改善したり、生活者に実際にいま感じている不満や欲求をインタビューなどで汲み取って商品化する連続的な発想と、いまは影も形もないがゆえにそもそも何を評価すれば良いのかすら分からないようなアイディアからスタートする非連続な発想とがある。これらは決して良し悪しではないが、特に後者についてはいかにそれを計画して発生させていくのか?ということを考えなければならない。
巨大B2B企業のFuturist
CPUメーカーのインテルでは、その「いまはまだないモノ」を発想するためにSFプロトタイピングという手法を用いている。インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピングという書籍の著者は、インテル社の「Futurist(未来予測者/未来研究員)」である。チップの性能を上げて生産能力と効率を追求する(ように見える)巨大B2Bメーカーのなかに十年後の未来の社会を描く専門家がいる。Futuristが未来予測をするツールのひとつとして「SF(サイエンスフィクション)」が使われている。その根幹にあるのは当時のCTOジャスティン・ラトナーがいう
科学技術はすでに進歩を達成しており、唯一の制約は我々の想像力の限界である
という言葉や、書籍の著者であるブライアン・デイビッド・ジョンソンの
未来予測というのは単に世の中こうなるだろうという客観的かつ受動的なものではなく、自らが主体的に作り上げていく能動的なもの
という言葉に表れている。
SFというパワフルなストーリーの力を使って、開発に関わるチームの想像力を高め、共通の仮説を共有し、新しい世界を創造するソウゾウ力がSFにはあるという。
20年後をソウゾウしたケース
書籍のなかでも実際の事例(小説やマンガ)を見ることはできるが、SFプロトタイピングと呼べる事例をひとつご紹介したい。
それは、リコー社と取り組んだ「西暦2036年を想像してみた」というコンテンツである。
この事例は2013年から2016年にかけて、あくまでもリコー社のコーポレート・コミュニケーションの一環として対外的に行われた施策であり、今回テーマとしている事業開発のためのプロトタイピングではない。
しかし、実施した内容は振り返ってみるとまさにSFプロトタイピングそのものであり、奇しくもリコー社のR&D部門をフィーチャーするものになっている。
コンテンツの構成は
1.クリエイターにお題に基づいたストーリーを書いてもらう
2.そのストーリーを絵師にビジュアライズしてもらう
3.そのストーリーとイラストを題材にクリエイターとリコーR&D研究者が対談をする
というものだ。
クリエイターへの執筆依頼にあたっては、世界観についてディスカッションを行った。そこではテーマとして「ワークスタイル」や「ワークプレイス」、「オフィスデバイス」などリコー社のB2Bビジネスに関係するキーワードを設定するが、いわゆる忖度は一切しない(メーカーに寄せることは意識しない)。
そして、その“クリエイティブジャンプ”をリコー社のR&D部門の若手(2036年に第一線で大活躍されているであろう年代)が受けるわけだが、ストーリーに描かれている領域に詳しい方をセレクションし、前のめりな方をアサインいただいた。施策として「対談コンテンツ」としてまとめているが、実際にはストーリーについて話すことで、発想は広がり、自らの研究テーマに対してもまた建設的な批評が行われていたと傍から見ていても感じられた。
SFプロトタイピングのキーファクター
SFプロトタイピングにおいて重要なプロセスはまさに最後の「対談」である。書籍においても一連の作業から
作品世界はどう変ったか、人々や社会、体制はどう変わったか、異なるやり方がとれるものはなにか、注意を必要とする警告はなにか、根拠のない心配事はなにか
といった「どういった学びがあるのか」を最後のステップとして定義している。当然のことながらSFストーリーを作ることがゴールではない。そこからのフィードバックによって仮説をより強いものにしなければならない。
冒頭で紹介したように「科学技術はすでに進歩を達成している」とき、持続的な事業を開発するためには「倫理」や「哲学」がより重要になってくる。開発思想のコアであるべきなのに「技術」や「財務」のようには扱いづらいモノに建設的に向き合い、関係者に良質なフィードバックをもたらすツールとしてSFは非常に有効である。
メディア視点の学び
リコー社のケースでは、前述のとおり研究開発者との対談が学びとして機能していた(施策の本来の目的としてはあくまでも副産物)と考えられるが、この施策ではもう一つの「学びの機会」がある。
それはスポンサードポスト(外部メディアによるプロモーション目的のコンテンツ展開)である。
ワープロでノマドしてウェブ記事作った:検証、未来の働き(Lifehacker)
これはLifehackerというメディアで実施したプロモーションで、20年後を想像するために、20年前(当時の20年前、つまり1990年ごろ)の環境で、この記事を作ってみようという企画である。
一般的に、アイディア発想にあたっては、さまざまな軸を設定して、それを動かし、検討を深めるが、この企画では時間軸を動かすことで学びを得ている。かつ、それを簡易ではあるがこのメディアの命題である「はたらき方」というフィールドで、その編集者がもつ視座や視点で再解釈し、フィードバックしている。
これもあくまでもプロモーション(アテンションの獲得)が目的であるため、「SFプロトタイピングのプロセスとしての学び」がアウトプットではないが、コンテンツ編集というプロセスを通しての学び(アウトカム)を感じられる取り組みと言えると思う。
プロトタイプとしてのストーリーによって、仮説を共有し、(外部メディアも含めた)あらゆる視点でフィードバックを得ることができ、その仮説をさらに強化して、事業としてフォーカスするべきイシューへのピントをクリアにすることができる。
それがSFプロトタイピングである。
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