レイルロードのライトグレー 3
近ごろ、自分の身の回りのものごとがずいぶんと原点帰りをしていることに気付く機会が増えた。人づきあい、持ち物、考え方、大切なもの、やりたいこと。ノスタルジーというやつがもとから嫌いではない性分だから、あのころの自分のやり残したことに自ずと惹かれていく。
なぜ突然思い出したのかはわからないのだが、ある晩ふと、あの灰色のソックスのことが気になった。あれ以来店頭で見かけた記憶はないのだが、まだどこかで売られているのだろうか?
すぐに手元のスマホで検索してみると、例のまとめ買いパックの画像が出てきた。レイルロードだ。相変わらずMADE IN USAを誇らしく標榜する分かりやすいデザインのまま。懐かしさを覚えつつもその潔さには敬意を。今日までブレずに、ひたすら自らの役割を果たしてきたのだろう。
パッケージは変わっていない。であれば中身はどうだろう。商品写真をよく見ると履き口の仕上げが分かる。しかし残念ながら、きちんと、しっかりとリブ補強された現代的な靴下のままであった。期待していなかったから、特に落胆もない。やはりあの致命的なアップデートは彼らにとっては正解であり、消費者からも受け入れられているということなのか。
僕はなぜだかもう少しだけレイルロードの検索結果を眺めていた。もう答えは出ているわけで、特になにを探すでもなしに。まぁもし理由や動機があったならば、ホワイトとグレーのカラーバリエーションが今も変わっていないことを確かめるくらいだろうか。
その数分後のことだ。
スマホの画面に現れたのは、僕の知らないレイルロード。ただし色はライトグレー。それがふいに目に止まったのは、見慣れない文字のロゴが付いていたからだ。
“for DIABETICS“
「糖尿病の方のためのソックス」らしい。
写真で見る限り、僕の知るあのレイルロードと比べると少し生地の織り方に違いがあるようだ。畝が細いのだ。そして、履き口はなんと、あのリブが付いていない。軍手みたいに軽く処理しただけの端っこ。糖尿病になるとむくみがちなのだろうか、そして、むくみ防止のためにあえてリブを排除した締め付けの弱い仕様になっているのだと、僕は勝手に理解した。
これはもしかすると僕らが愛していた90年代のレイルロードに近い製品なのかもしれない。生地が多少違えど、リブがないことがとにかく重要なのだ。期待をこめてその商品をカートに追加した。
下手をするとその名の通り医療用の靴下が届き、僕のアメカジ的な期待は幻想に終わるのかもしれないリスク。おまけに2足で2,000円という強気の価格設定。こちらの勝手な期待に応えてくれる品物であるという保証などない。
だが、その時の僕は状況が違った。つい数日前にたまたま足を怪我し、その傷が治る過程で「足首がむくむ」ということを人生ではじめて経験していた。偶然にもそんなタイミングで訪れた、"締め付けない"レイルロードとの出会い。だから、そこに2,000円を投じることに躊躇はなく、カートの商品にまぁ常識的な送料を上乗せして、さっさと購入手続きを済ませた。
そして数日後、僕の手元にそいつは届いた。
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