レイルロードのライトグレー 4

 紙でできた配送用のパッケージを開けると、透明のPP袋に入ったグレーのソックスが現れた。そこには、ネットで見たままのステッカーが直に貼られている。

No Bind Top for
DIABETICS

 糖尿病患者向け、ノーバインドトップ。すなわち、締め付けのない履き口で締め付けを抑圧する。はたしてどれだけの効果があるのだろうか。その答えはまぁ半日ほど履いてみないことには分からないので、いったん置いておくことにしよう。
 ソックスの厚みは、僕の知っているレイルロードと同じだ。ふっくらと空気を含んだ感じがして、そもそもあまり伸び縮みせずにとても優しく足を包む。厚みのおかげでちょっとしたクッション性もある。かといって登山やスポーツを目的としたそれとは違い、ゆるい。朴訥で、スキがある。すっかり見なくなったが、冬に着るどてらのような安心感。色も、長年親しんだちょうどいいライトグレーのまま。変に霜降りでないフラットなトーンは無垢だ。
 ただやはり、生地の編み方が定番のそれとは違う気がする。すねのリブがやや細く、畝の数が2倍ほど多い。ともすればそれがタイトな印象を与え、本当にむくみ防止に役立つのかと訝しい気にもなる。

 僕はその時、右足のすねに打撲と擦り傷を負っていて、その影響でリンパの流れやバランスが悪くなったらしく、生まれて初めて足がむくむ、という経験をしていた。擦り傷自体は良くなっていたが、足首にかけてのむくみはあとから遅れてやってきた。おまけに僕はむくむと何が問題なのかを今までほとんど理解できていなかったようだ。むくんだことで張りを感じたり、それにより神経が圧迫されて痛みを感じたり、そんな症状が自分の身に降りかかり、そこで初めて驚いた。そして戸惑った。
 2日前になんとなくの勢いで買ったこのソックスが、今やこの負傷者にとって必要に迫られたアイテムへと格上げされ、その効果に対してこんなにも大きな期待を寄せている自分がいる。それは戸惑うのも無理もない。

 予期せぬ必要性に呼び寄せられたかのような形で現れたこの締め付けない靴下を、いよいよ僕は履いてみた。すねの部分の畝が細いためだろう、全体的にルーズではない。たるませて履いていたあの(男子たちの)ルーズソックスと比べると、ちゃんとした印象。ただ、履き口にリブの締め付けがないおかげでなにかと軽い。リブがあったら厚みや重さも増していただろう。それがないことによる物理的なものと、着用感から来る心理的なもの、その両面から軽さを感じる。

 半日ほど経って足首を確認する。たしかにむくんでいないし、そもそも靴下の跡がついていない。これで僕はむくみ対策の意義を体感した。そう、人生で初めて。まさかレイルロードがそんなことを教えてくれるだなんて、15歳の僕は知る由もなく、その後レイルロードを買うのをやめた20代半ばの僕が聞いたらさぞ驚くだろう。
 2足セットで買ったから、それから毎日交互に履くことができた。履いた感触は、もうあの頃のレイルロードと同じくらいに親しみを感じている。特に、ぞうり代わりのビルケンシュトックのサンダルと合わせると、高校生の頃と同じコーディネートになる。ビルケンの隙間から見えるこのグレーのレイルロードは、とても頼もしいし、あの頃の僕らの美学に叶っている。おまけに足首に優しいのだ。

 変わるものと、変わらないもの。

 人は老いて衰える。老眼になり、足がむくみ、人の名前も出てこない。そんな時に、色気はないがけっして裏切ったりしないこのライトグレーのソックスが突如現れて、定点観測の基準点みたいな役割を果たしてくれた。まだ1週間しか履いていないが、僕はもうこの ”No Bind Top for DIABETICS” のレイルロードと長く付き合っていくのだと確信している。
 たとえ足のむくみに悩まなくなっても、この懐かしくも優しいルーズな履き口に感謝と敬意を表して。

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