僕らの社会(ないけど、あるver.)
「電車遅れてないけど」
僕は電光掲示板を見て、無表情に返信した。
彼女は僕との待ち合わせ時間になって
「電車が遅れているから間に合わない」
と連絡してきたのだ。
しばらくして現れた彼女は、照れ笑いを浮かべていた。
待ち合わせ場所は、駅。
彼女が指定してきた場所だった。
どうでもいい嘘をつく、そういう人なのだ。
僕は嘘をつくのが苦手だ。
ついた嘘をずっと憶えていられるほど頭が良くないし、そんな面倒な努力をするくらいなら、うやむやに誤魔化すことを選ぶ。
彼女と出会って部屋に転がり込んだ頃、僕は大学を留年していて、卒業に必要な単位がまだ40も残っていた。
社会人だった彼女は、心配してお弁当を作ってくれたりしたけど、僕は行かずにそれを家で食べた。
僕は嘘をつかないが、まあ、そういう人なのだ。
次の年の春、奇跡的に僕も社会人になれた。
僕は自分を誤魔化しながら、社会と折り合いをつけられるようになっていった。
一方、彼女はなんだか苦労していそうだった。
ある日、同僚と昼食中に彼女から電話がきた。
ひどく泣いていて、今すぐに帰ってきてと言う。
どうしたのか聞くと、
仕事でイライラする事があって、倉庫で暴れて後で片付けようとそのままにしていたら、他の社員が泥棒と勘違いして警察を呼んだらしい。
大事になって最終的に白状したら、社長に帰らされたとのこと。
「そうか、まあ、大丈夫やって。とりあえず定時で帰ります。」
むにむに言ってる彼女を制して、僕は電話を切った。
後日、彼女は会社を辞めた。
相変わらず彼女は僕にさまざまな嘘をつき、それが原因でケンカになった。
ケンカはいつも長引き、朝までモメることもあった。
勘弁してほしかった。今日も仕事なんだと。
こんな生活は成り立たない。
彼女は大事なことだから、話そうと言い、
僕は明日のために、もうやめようと言った。
未来のためにできること、その捉え方が異なった。
彼女のご両親に会ったことがある。
ご両親は、ひとり娘の彼女を、お姫様のように扱っていた。
僕は思った。
そうか、この役を引き継ぐ事になるのか…。
とりあえず、僕は引っ越しを決意し、彼女は別れを察して必死で引き止めた。
「大丈夫」
僕はそれで押し通した。
僕らの関係は終わったけど、
僕らはみんな、社会と繋がっている。
僕らは考えなければならない。
誰かの犠牲によって成り立つ社会は間違っている。
それは本当に「大丈夫」なのか。
持続可能で、よりよい社会のために。