僕と福神漬けの終戦記念日。【萌葱色の随想。Vol.2】
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ぼくは小さいころから、福神漬けのことが苦手だった。
家ではカレーのつけあわせという習慣がなかったから良いんだけど、問題は給食。
辛くてしょっぱいカレーの味と反対の、甘いくてちょっとすっぱい福神漬け。
カレーになんでこんな甘い料理のせちゃうの?味かわっちゃうじゃんか。
カレーが好きなのだけど、いつも横にいて「私はカレーを守る!」と見張られてるような気分だ。
自分の苦手な友達が好きな子の近くにいて、いつも牽制してくる
みたいな、学園モノの恋愛マンガによくある、あの感じ。
当時は「嫌いなモノでも取った分は残しちゃダメ、受け取らないもダメ」っていう、義務教育あるあるなルールがあったから、カレーの日は否が応でも福神漬けと相対するしかなかった。
ぼくはしかたなく、福神漬けだけをキレイにとって、多めのごはんで味を薄めて食べるようにしてた。
福神漬けのために身を呈してくれたごはんのみなさん、ありがとう。
ぼくと福神漬けは、義務教育を終えてからしばらく休戦協定を結ぶことになる。
もう献立にむりやり割り込んでくることがないから、食べる機会がなくなったわけだ。
それから10年以上経って、
ふとしたときカレーと一緒にいる福神漬けを見かけた。どっかのホテルのビュッフェかな?いやそのへんの定食屋だったかもしれない。
ぼくは相変わらずカレーのことが大好きなわけだけれど、
やっぱり長いこと距離を置いていたせいか、「出たな、俺の敵!」という気分は起きなかった。
「あ・・・ひさしぶり」という感じ。
今回はカレーとセットではないから、福神漬けを取るかどうかはぼくが決められる。
以前なら積極的に避けたであろうぼくだけど、その日はどういうわけか
「どう・・・?お茶でも、する?」と不器用なナンパでもするみたいに、おずおずと福神漬けの入ったビンに手を伸ばした。申し訳程度に福神漬けをカレー皿にのせ、席に着く。
カレーライスのとなりにピッタリくっついた福神漬け。
あれほど憎らしく思えたこの構図が、この日はなんだか新鮮に見えた。
ぼくは、生まれてはじめて、カレーとごはんと福神漬けを同時併行に食べた。
カレーの塩気、福神漬けの甘み、で味は複雑になる。
でも、不思議とそれがおいしいと感じるようになっていた。
あのころは、混じりけのない、まっすぐな味しか興味がなかった。
なにかの味が複雑にするものは、邪魔者だと思っていた。
でも、今はちがう。
今のぼくには、その複雑性が、いとおしいとすら感じるのだ。
カレーの味にちょっと変化を与える、福神漬けが。
ぼくたちはこの日をもって、静かな戦いに幕を閉じた。
そしていま。
ぼくの目の前にあるカレー皿の端には、
だいだいいろに染まった福神漬けが、静かに添えられている。
あのころよりほんのり、優しい味になって。
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