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怪談 二日目 忘れ物
Kが勤め先のY店長から聞いた話だ。
F町、という場所がある。古くからその地方の中心地として賑わっていたが、今では休日でもシャッターが下り、活気がない。ひび割れたコンクリート壁や、土埃に汚れたシャッターがばかりが目立つ灰色の町である。そのF町のビルには以前、リサイクルショップがあった。ビルの側の小路を少し歩けば夜の店もあり、所謂悪所と呼ばれる場所に近い。
そこでもYさんは店長を任されていたのだが、場所にも原因があるのか中々スタッフが集まらない。やっとのことで七、八人採用しても、長くは続かない。二、三週間働いたあと、辞める人は決まってみんな、「此処には居たくない」「もう無理です」と涙ながらに話すのだ。しかしこれはまだ良い方で、初めて出勤した翌日に電話でただ辞めるとだけ言い、「もう近づきたくない」という理由で制服を送ってくる人、出勤日になっても現われず、電話をかけても音信不通、制服も貸したままという人もいたそうだ。
「ここまで短期間の内に何人も辞めてしまうのは店の人間関係に問題があるんじゃないか」
上の人間から何度も詰られ、Y店長は憔悴し始めた。人間関係はY店長が一番重要視している点であったし、見えない場所で新人イジメがあったとも思えない。自分が気付かなかっただけ、ということもあろう。しかしそうであるなら、なぜ辞める際に皆、理由をぼかすのだろうか。どうせ辞めるのなら、という心境で全部ぶちまける人が居てもおかしくはない。そんなモヤモヤした気持ちで出勤し、いつも通り休憩室へ向かう。と、磨りガラス越しにぼんやりと白い靄のようなものが見える。事務机やロッカーの中をあさっているのだろう。中からは引き出しや扉を開け閉めする音が聞こえてくる。Y店長は盗みにでも入られたか、と一瞬考えた。だが鍵は閉まっていたし、無理矢理こじ開けられた形跡もなかったはずだ。昨夜の夜番が忘れ物でもして探しているのだろうか。それならば電気でも付ければ良いのに。どっちにしても気味が悪かったが気を奮い、
「おはようございます」
と、扉を開ける。しかし、電気をつけると誰もいない。さっきまでしていた音もぴたり、と止まり、引き出しや扉も開閉された形跡がない。これが原因か。
Y店長は「疲れているから見間違えただけかもしれないけど」と前置きをし、ちょうどその日に制服を返しに来た子に聞いてみた。答え難そうにしながらも、その子が語ったところによると、白い靄などではなく老婆がいる、と言う。老婆が休憩室やトイレ、ビル脇の錆びた階段などに座っているのが見えると言うのだ。そして目が合うと近づいてきて、
「これ、私が忘れた物じゃないのか? 盗んだのか!」
と、イチャモンをつけてくる。その子は渋々イヤリングを渡したそうだが、皆が渡していたわけじゃないと思う、と話した。Y店長は「渡さないとどうなるの?」と訊いたが、その子は首を振るだけだ。「ただ……」とその子が言うには、
「私と同じころに入ったAさんも、たぶん見えていたし、怯えていました。だけどAさんは何も渡していなかったみたいです。それにAさんは、辞めたらすぐに引っ越しもしないといけないと焦っているようでした」
今ではそのリサイクルショップは閉店している。違うお店がその後、同じ場所に開店してもやはり長くは続かないようだ。Y店長はこの話を聞いた後、Aさんに電話を何回か掛けてみたが、繫がらなかったようだ。Aさんからは今も制服の返却はないらしい。
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