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アートの島・佐久島へ傷を癒しに

(2015年のブログ記事をリライトし、再掲)

名古屋駅から電車とバスとフェリーを乗り継いで2時間のところに、佐久島という離島がある。
食に、自然に、アートに。
歩いて周遊できるコンパクトな島内に自然と建造物アートが融合する面白い島だった。

佐久島を訪れた20代の半ば頃まで、仕事だ、人間関係だとさまざまなことに勝手に傷つく度に、

「どこか景色の良いところへ旅に出たい」

と唐突に旅行に出掛けていた。
当時名古屋に住んでいて、名古屋駅から2時間なら日帰りでも行ける、と前日の15時に思い立ち、妹も誘って翌日の朝7時には佐久島へ向かっていた。

島までのフェリーは乗船率100%以上で、座れないままの立ち乗り客もちらほら見かけるほど。
西側の港から上陸してすぐ、停留所の脇に無人販売のロッカーがあることに初手からノスタルジーを感じた。島で穫れる魚や野菜が1籠100円で売られていたり、誰かの手作りのようなキーホルダーが入っていたり。脇に貼られていた「マムシ注意」の張り紙にも慄いた。

最初に出会ったのは、食。
右回りに島を回りながら、集落を100メートルほど進むと、森に続く小路の入口に『もんぺまるけ』と描かれた看板が。
テーブルと椅子が広い前庭に並んでいて、小さな畑もある、小屋のような店構え。子供の頃につくった秘密基地のようなカフェだった。

メニューを開くとオーガニックスイーツが並んでいて、「oyaoya3種盛り」という変わったメニューを注文。
中身は日替わりスイーツだそうで、その日は、しそシャーベット、どら焼き、かぼちゃプリン。しそシャーベットはさっぱりとしているけれど、きちんと紫蘇の後味。かぼちゃプリンのカラメル部分も、青紫蘇風味だった。かぼちゃ部分は甘さ控えめで、どら焼きはふわふわ。

お皿の中をつついていると、このお店で飼っているという雄の黒猫が目の前を横切る。
見ず知らずの女にも触らせてくれる、商売上手な彼の名前は店の人曰く

「去勢してるから、おかまちゃん」

お会計の際、1,000円札のおつりに500円玉を差し出しながら、

「はい、500万円」

と返ってきた。

もしかして、「oyaoya3種盛り」のoyaoyaは
『おやおや!3種盛りだわ!』の、おやおやか……?



佐久島は建造物アートで有名な島。
多くの観光客は『お昼寝ハウス』と呼ばれる海沿いに立つオブジェを目指す。この頃、インスタ映えがすでにじわじわと流行りはじめていて、高校生達がひまわりの造花を片手に箱の中に収まって映え写真に苦心していた。


『名探偵コナン』の映画にも同じ景色が登場していて、ファンの聖地でもあるらしい



佐久島からのびた1本の桟橋を渡って行けば、離島の離島。弁天島へ行くこともできる。ここでは石に願い事を書いて奉納することで、願掛けを行う。
お賽銭を入れて木箱の中から好きな石を選ぶと、石にはすべてに弁天様の朱印が押してある。大きさは大小様々。自分の願い事に合う大きさの石を選んだら、裏面にマジックで願い事を書いて箱に納める。
社は竹林の中にひっそりと佇んでいた。

佐久島に戻り、せっかく離島に来たのだからと最後は『すゞ屋』という海沿いの定食屋で名物の大あさり丼を注文した。この時、夏限定で食べられるという蛸の丸茹でをいつか食べたいと思ったことをこの文章を書きながら思い出した。

余談に、島で飼われているというヤギにも出会った。
後ろは森、足元は青々とした草むらという一角に繋がれていて、あまりに可愛かったのでその辺に生えている草を一掴みもぎって口元に差し出してやった。人に慣れているのか手からも食べてくれる。

喜ぶ私を横目に、同行していた妹が草を食むヤギを見ながら、

「その草、あんたの足元に生えてるやつと一緒やで」

と言い放った。私も、そして差し出される草と同じ物を踏みつけながら懸命に首を伸ばすヤギも、急に滑稽に思えてならなかった。

帰りのフェリーで、隣に座ったおじいさんから何気なく声をかけられた。おしゃべりが好きな人で、30分ほどの乗船時間中、自分が機械メンテナンスの仕事をしていること、仕事がある時はフェリーの着く一色町から佐久島へと渡っていることなどを話してくれた。
こんなに佐久島が人気になったのはここ2年程で、テレビで紹介されたのがきっかけだったとか。

「昔はこのフェリーなんて、釣り人か島へ仕事に渡る人しか乗っとらんかったんよ」

島が変わった、という言葉を使わずに、昔を振り返るそのおじいさんの台詞は、感心するような、喜ばしさも混じるような、寂しさも滲んでいるような。
とても印象的だったのを、いまでも覚えている。




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