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病院見学

今回は、弊NGOのスタディーツアーの一環で、プレアビヒア州の総合病院とヘルスセンターの見学に行ってきました!
色々な話で聞いていたとはいえ、実態を見て現地で働いているDrからお話を聞くと、自身がその立場で働くとしたら想像を絶するくらい大変だろうなあ、と実際の医療従事者に対してただただ尊敬の感情でいっぱいでした。

Referral hospital (州立病院)

州立病院のICU

プレアビヒア州で最大の病院である州立病院は、100床の規模で、医師は全体で約20名いらっしゃるとのことです。外科、内科、小児科、産婦人科にはそれぞれ数名ずつの医師が在籍し、さらに歯科、精神科、眼科といった専門分野には各1名ずつの専門医がいらっしゃいます。プレアビヒア州の人口は約28万人で、日本の目黒区と同程度ですが、面積は1.3万平方キロメートルと福島県ほどの広さを有しています。そのすべての人口を支える病院でありながら、このような医師数にとどまっている現状は、当然ながら日本の状況とは大きく異なります。

検査に関しては、血算、生化学検査、尿検査などは院内で対応可能で、30~40分ほどで結果が出るとのことです。夜勤帯でも検査が行われており、結核検査も院内で実施可能です。CTは当然のように設置されていませんが、レントゲンとエコーは備えられており、医師が直接施行されています。

点滴用の抗菌薬は、セフトリアキソン、ゲンタマイシン、シプロフロキサシンの3種類のみが常備されています。より広域な抗菌薬は高価なため、地元の方々には手が届かず、病院でも入荷されていない状況です。アンチバイオグラムは作成されていません(なお、サワシリンなどの経口抗菌薬は薬局で一般の方が購入可能であるため、経口抗菌薬の耐性化率は高いと推測されます。ちなみに、現地の方は下痢をした際、サワシリンを1錠服用する習慣があるようです)。

病室にはエアコンが設置されておらず、大部屋に10床ほどのベッドが並んでいます。患者さんだけでなく、ご家族も泊まり込んでおり、一緒にベッドで寝ていたり、隣の床で休んでいたりする光景が見られます。入院中の食事は各自で用意する必要があり、病衣も用意されていないため、患者さんは私服で点滴をしながら、子どもや家族と一緒にベッドに寝てこちらを見つめている姿が印象的でした。このような状況は日本の病院とは全く異なります。

なお、写真撮影は自由に行ってよいと許可されましたが、患者さんのプライバシーに配慮し、本記事では患者さんが写っている写真の掲載は控えております。

対応している治療内容

ER(救急部門)のヘッドの先生によると、救急部で最も多い症例はバイクによる交通外傷で、次に多いのが心血管疾患とのことでした。カテーテル室は設置されていないため、胸痛の患者さんが来院した場合の対応について尋ねたところ、ECG(心電図)とトロポニンでSTEMI(ST上昇型心筋梗塞)を診断し、アスピリンとクロピドグレルを服用させてからプノンペンへ搬送するそうです(搬送に約4時間かかります)。しかし、そもそもプレアビヒア州の州立病院に到達するまでに、場所によっては2時間以上を要することもあるため、「ドア・トゥ・バルーンタイム」などの概念は現実的ではないとのことでした。

最も驚いたのは、輸血システムが整備されている点でした。ただし、日本のように赤十字が一括して血液を集める体制ではなく、各州ごとに独自に献血を集めています。週ごとに特定の村を訪問し、その村で献血ボランティアを募って州立病院で献血を行います。その血液は院内で処理され、患者さんへの輸血に使用されるとのことです(HIV対策や照射については確認できませんでした)。また、「献血でお金がもらえるのか?」と伺ったところ、それは違法なので行っていないとのことでした。

さらに、7年目の外科医の先生とお話をした際、その先生の専門が消化器がんの緩和手術であることを伺いました。なぜ若い方が多い地域で緩和的手術が中心なのかを尋ねたところ、カンボジアでは抗がん剤治療がUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)の対象外で、公立病院での提供が難しいことが背景にあるそうです。プレアビヒアの住民にとっては地理的・金銭的な理由で治療がほぼ不可能であること、また、切除可能な早期のがんが診断されることは非常に稀であるため、緩和的手術が主な対応になるとのことでした。その先生が担当された若年患者さんの腫瘍による腸閉塞症例のレントゲンや術中の所見も見せていただきました。

乳幼児の多くが低栄養や紛争の影響で死亡する経済状況の中で、抗がん剤をUHCに含める余力がないという現実は、UHCの概念としては理解しているつもりでした。しかし、そのような保健システムの現場で働く同僚から直接話を伺いながらビールを飲む中で、自分が理解してきたことは教科書上の理論にすぎなかったのだと実感しました。

医師の専門性、QOL

外科の7年目の先生によると、外科は4名の医師で毎日2~3件の手術を行っているとのことでした。お話を伺った当日の夜にも、交通外傷による内臓破裂や反発性腹膜炎の患者が運ばれ、3時間にわたる手術をされたそうです。外科医の業務範囲は幅広く、交通外傷などの整形外科疾患、帝王切開といった産科手術、虫垂炎や胆嚢炎といった消化器外科手術まで担当し、脳外科や心臓外科を除くほとんどの手術を同じメンバーで執刀されています。

お話を聞かせていただいた外科医の先生お二人のうち、一人はプレアビヒア出身で、もう一人は他県出身ですが、卒後研修の際にプレアビヒアへ来られたそうです。都会であれば、例えば一般外科医は一般外科だけを担当するなど専門分化が進んでおり、医師の人数も多いため教育の質やQOL(生活の質)も高いとのことでした。しかし、給与は一律で決まっているため、田舎でも特別高いわけではなく、むしろ都会の方が「袖の下」をもらえる分、収入がやや多くなるのだそうです。

なぜ故郷でもないプレアビヒアで医師を続けているのかを尋ねたところ、「自然が好きだから」との答えが返ってきました。その姿勢に、日本の家庭医のような価値観を重ねて感じました。

ヘルスセンター


ヘルスセンター。平屋で、いくつかの診察室と分娩室、大部屋8床の入院施設がある。

ヘルスセンターは各村に設置されており、10名程度の看護師や助産師が勤務しています。医師は常駐していませんが、看護師の判断で抗菌薬や駆虫薬の内服・点滴が使用可能です。ヘルスセンターの主な役割としては、低栄養治療、出産支援や家族計画、ワクチン接種、プライマリケアなどの基本的な医療サービスが提供されています。

インフラ

ヘルスセンターは、村のプライマリヘルスケアを担う重要な施設で、看護師や助産師などが24時間体制で常駐しています。医師はいませんが、看護師がマラリアや結核の簡易検査を行い、一般的な健康問題の治療を担当しています。

薬品庫を見せていただくと、抗菌薬や駆虫薬、鎮痛薬、利尿薬など約20種類のアンプルが揃っており、創傷処置用の簡易キットも置かれていました。さらに、ハイドロコートン、アトロピン、アドレナリンといった、使用に高度な判断が必要とされる薬剤も備えられていました。

これらの薬剤は、喘息やアナフィラキシーショックなどの治療プロトコルが保健省によって定められており、その指針に基づいて看護師が適切に使用できるようになっているとのことです。

薬品庫の中の様子。一通りの薬品はあるようだった。

ヘルスセンターには、外来診察室が3ブース(予防接種専用と一般外来)、検査室、分娩室、そして宿泊施設(8床)が設けられていました。国の方針により、ヘルスセンターには8床のベッドが標準で設置されているとのことです。入院患者の多くは、産褥婦やデング熱、肺炎などの症状で数日間入院するケースが多いと伺いました。

入り口の看板には価格表が掲示されていましたが、訪問した村のほとんどの住民が「ID Poor(貧困層向けの身分証)」を所有しており、実際に自己負担(Out of Pocket)で支払いを行う人はほとんどいないとのことです。また、ヘルスセンターの前には救急車が配置されており、より高度な治療が必要な場合には州立病院へ搬送する体制が整っていました。

周産期医療

妊婦は妊娠期間中に所定回数の妊婦健診をヘルスセンターで受けることが求められており、ハイリスクと判断された場合は州病院に紹介されます。合併症のない経膣分娩はヘルスセンターで行われており、トレーニングを受けた助産師が常駐しています。施設分娩は徐々に普及してきていますが、より山間部では今も伝統的産婆による自宅分娩が一般的です。

分娩合併症で最も多いのは分娩後出血であり、助産師は研修を通じて出血源の特定や用手圧迫などの止血スキルを身につけています。しかし、ヘルスセンターでの処置で止血が得られない場合には、外液を点滴しながら州病院まで搬送されます。訪問した当日も、産褥婦の回復室では3名の女性が休んでいました。

新生児のルーチンケアとして、抗菌薬の点眼、HBVおよびBCGワクチンの接種、ビタミンKの内服が行われています。また、母親に対してはファミリープランニングのカウンセリングが実施され、これはヘルスセンターの重要な役割の一つとなっています。提供される避妊方法には、ピルやコンドームに加え、女性ホルモンの皮下注射やIUD(子宮内避妊器具)などが含まれ、比較的安価な価格で提供されています(ID Poorの証明書を持つ場合は無償)。さらに、中絶も行われており、医師不在のため内服薬による方法ではないかと推測されます。

低栄養治療

コミュニティで行われる乳幼児健診において、月齢に対する体重が-2 SD以下と判定された子どもはヘルスセンターに紹介されます。ヘルスセンターでは、-3 SD以下の子どもに対して、栄養補助食「BP-100」、駆虫薬(アルベンダゾール)、抗菌薬(アモキシシリン)、ビタミンAをセットで処方しています(-2 SDの場合は一部の処方のみ)。抗菌薬は、重度低栄養に合併しやすい感染症の予防を目的として使用されるとのことです。

重度低体重(-3 SD以下)の患児に対し、1ヶ月間の適切な補助栄養を用いた治療を行うことで、基礎疾患のない場合はほぼ確実に体重の回復が見込めることが示されています。しかし、実際には1ヶ月後のフォローアップで多くのケースがドロップアウトしてしまうといいます。

保健センターのスタッフは、家族に電話をかけたり、女性子ども委員会を通じて連絡を試みますが、「良くなったので大丈夫」「畑が忙しい」などの理由から、定期的な受診につながらないことが多いのが現状だそうです。

実際に処方されている栄養補助食品。ピーナッツバターのような味で意外と美味しかった。

まとめ

私自身、日本で家庭医として限られた資源の中で診療を行った経験はありますが、今回訪問したプレアビヒアの環境は、それとは比べ物にならないほど資源が限られていました。この土地に生まれた人々は、生まれながらにして医療アクセスが制限された状況に置かれており、これも世界的な格差の一側面なのだと痛感しました。ただ、プレアビヒアでは(アメリカなどと異なり)地域内での格差が少なく、その土地の人々が皆同じように貧しく、医療アクセスが限られているため、地域内の不平等を感じる場面はほとんどありませんでした。

患者さんたちが抱える苦悩はもちろんのこと、このような環境で医療を提供するスタッフの姿には心から敬意を抱きました。卒後1年目の若い医師が、十分なトレーニングを受けることもなく、虫垂炎から骨折まで外科全般を執刀しなければならない環境で働く大変さは、私には到底想像もつきません。また、医師のいないヘルスセンターで、分娩監視装置もエコーもない中、一人で分娩介助を行う助産師の責任の重さやプレッシャーは計り知れません。そのような厳しい環境の中でも、医療スタッフたちは患者さんのために最善を尽くし、懸命に努力を続けています。

日本と比べて不足している点を指摘するのは簡単ですが、彼らの姿勢や工夫から、医療従事者として学ぶべきことは非常に多いと感じました。私自身、彼らのように限られた環境の中で、できる限りの最善を尽くそうとする姿勢を、今後の自分の医療活動にも活かしていきたいと思います。

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