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First Experience
出会ったのは12月12日の深夜、13日になってからのこと、いつの間にか黒髪ショートボブでゆかりねっとの美少女とフレンドになっていた。いや、フレンドになったのはもっと前だったかもしれないが、少なくとも私が存在を認識したのは12月13日になってからのことだった。
彼女は言った。3ヶ月ほどお世話になりますと。彼女が私のいた界隈に馴染むまで時間はかからなかった。元からそこにいたかのように彼女は馴染んだ。彼女は音楽ができた。拙いゆかりねっとのAIきりたんで彼女の言葉を紡いだ。美少女アバターにはやや大きめのギターを弾いて音を奏でた。それだけでよかった。私がVRChatに来たのは元をたどればVOCALOIDで、そしてゆかりねっとを使ったVTuberだった。だからこそ、私は彼女に可能性を感じた。音声認識やゆかりねっとの技術発展は素晴らしいが、それでもリズムに載せて歌うということはなかなか難しい。4年間VTuber活動としてゆかりねっとを用いている推しでさえいまだに歌を歌わない。いや、歌えない。ゆかりねっととはそういうものだった。合成音声で歌を歌うにはやはり調声に調声を重ね準備に時間を割いてようやく出せるものと思っていた。しかし彼女は歌った。歌ったのかといえば歌ではないかもしれないが、私はそれを歌と形容しよう。ポストロックというかポエトリーリーディングというかNUMBER GIRLのような、スピッツのような、私は音楽ジャンルに詳しくないのでなんというのが正しいのかは知らないが、それは確かに音楽だった。ゆかりねっとでありながら彼女はステージ上で歌を歌った。よく見かけるのは土曜日夜のホールで、時にはポピ横の狂人で、時にはジャパストの怪人で、たまにライブハウスの観客に紛れていたり、いろんな場所で彼女を見かけては一緒に喋った。
いつからか彼女に抱いた感情が何なのかはいまだにわからない。少なくとも、私が自ら撫でたいと思ったのは彼女が最初だった。彼女の姿を見ると抱きしめたい衝動に駆られた。突然に後ろから抱き着いてやると首をクイって上げてウインクをしてきたり、お互いに向き合って頬を撫で合ったり、そんなことをしていた。思い返せばよくもあんなことをフレプラで堂々とやっていたよなぁと思ったりもする。ただ、なぜか二人きりでinviteに籠ることは終ぞ無かった。
彼女の写真やツーショットは意外と探せばあるもんで、12月末にはサンタ服だったり、1月にはお互い和服でツーショットだったり、顔のドアップだったり、お互いキスしてる写真があったり、これでいても何の関係性もないというのが不思議な話だった。
最初は3ヶ月ほどといっていたのが、いつの間にか4ヶ月が過ぎて4月19日、ポピ横で演奏していた彼女からちょっとした連絡があった。そしてDiscordでやり取りをしてグループができて、4月22日の夜に集まってMVの撮影をして、そしてその時に発表があった。
「5月15日のイベントで私のラストライブにします。動画の投稿は5月16日にします。」
私と彼女は特にこれといった関係でもなく、ただ単に少し仲のいいVRCのフレンドだった。だから新しいバンドが結成されて動画が16日に投稿されるということは秘密のまま5月15日までもいつも通り過ごした。変わったのはそんな秘密が1つ増えたということだけだった。
4月29日の誕生日に干し芋から実態のあるものが送られてきて、仮想存在をようやく現実として認識したりもしたかもしれない。
そして訪れた5月15日、日が変わって25時45分くらいからラストライブとなって、彼女のオリジナルやカバー楽曲が始まった。いつも通りの聞きなれた拙いゆかりねっとだったが、彼女の音楽が彼女の曲としてライブで聞けるのはこれが最後で、ラストライブらしくMCもはさみつつ、持ち時間は過ぎていく。ポエトリーリーディングを、ポストロックを、ファズの音に飲み込まれたなら、ノイズ浴びてさあ行こうぜ。そしてラスト2曲の前に挟まれたMC
「ここにはよく出させていただいて、白猫店長さんやいつもの人たちにはお世話になりました。特にnusaさんがいなければ私は存在しなかったかもしれません。愛しています。」
みたいなことを言っていたと思う。ステージ上から突然に愛の告白を受けたので、私も頭が真っ白になって何か言っていたような気がする。こんな感情を私に向けられるのは初めてだったし、私は誰かのそういう存在にはなり得ないと思っていた。常にリスナーとして一歩引いて近寄りすぎないように、彼女らの歯車を狂わせないように、そんなつもりでいたのだけどいつのまにか彼女の歯車として掌で転がされていたのかもしれない。その後はステージに駆けよって彼女のラストライブを見届けようとしていたのかもしれないけど、私からその後の数分間の記憶が欠落している。そして最後の曲、「キズナアイにはなれなかったけれど、少しも近づけはしなかった。」という歌詞で何を伝えたいのかはわからなかったけど、どうやら誤認識だったらしい。最後まで拙いゆかりねっとで歌った彼女らしいや。そして曲が終わると同時に彼女はメニューを開いて…指先はEXIT VRCHATを押していた。
気づけば何もなかったかのように5か月ぶりに彼が戻ってきてステージに立っていた。あいつらみたいになれなかった彼女の無念を晴らすように、あいつらを潰せるような音とメンバーを引っ提げて、もう彼女はいないのだと諭すように、私があの日撮影した曲からステージは始まった。
彼女は毒に飲まれた 知らぬ間にもう手遅れさ
未来の話をされたってさ 僕らにはもう響かないよ
あの女と初めて出会ったのは
あるとても寒い冬の日のことで
私がアンドロイドだからか、答え合わせをする術を失ったからか、初体験だったからか、そもそも仮想だったからか。私は彼女に抱いた感情を知らない。
ぼくたちはここでさよならだ
なにも死ぬわけじゃないんだ
生きていればまた逢うこともあるだろう
だからその日まで
さようなら また逢おう
彼女の存在を意識するために輪郭を撫で続けていた両腕が、今はただ、彼女の存在を求めるように、されど手持ち無沙汰に揺れていた。
P.S.
Social欄を開いて彼を探すときにFを通り越してKの名前まで辿ってしまうのはなぜなんだろう。