【連載】僕の親友は不法滞在
19 居候の若者D
僕は親友Hが住んでいる愛知県東部N市に大型連休ごとに遊びに行った。盆と正月と行けるときはゴールデンウィーク。
僕の仕事は金属関係の町工場。一度就職に失敗した者ははい上がれない蟻地獄の日々を転職を繰り返しながら送っていた。大学時代の友だちは公務員や大手企業に就職し僕の倍以上の給料をもらっていたり、カメラマンになっていたり、プロスポーツ選手になっているやつもいた。
ただそんなことより、僕は時々行って会うHやベトナム人の仲間たちに囲まれてふざけ合うことのほうが魅力的に感じていた。
盆休みに入ると僕はすぐ愛知県に行った。そして、到着するとまず握り寿司を買って、それからHのアパートに向かった。
実はベトナム人は日本食があまり好きではない。甘いという。確かに僕も砂糖が入っている日本食は嫌いだ。卵焼き、すき焼き、煮物、煮付け、黒豆など確かに甘い。彼らは何度か日本食を食べてしまうと、もう毛嫌いしてしまう。伝統料理じゃなく普通のものならいけるのにとても残念だ。ちなみに欧米人は和食はしょっぱいという人が多い。白米と一緒に食べることになれてなくおかずだけ食べるからだ。
寿司は生魚が苦手な人が多いが物珍しそうに食べて好きになる人も多い。そこで僕はいつも彼に会うときはお土産として寿司を持っていくことになっていった。
だいたい回転寿司に行って、自分で選んでテイクアウトした。青魚は入れない。玉子、海老、タコなど生じゃないものを多くする感じだ。
半年ぶりに彼のアパートに行くと、まだ18, 9の青年がいた。居候していた。Dと行って、北部のハイフォン出身だった。彼もまた留学生として出稼ぎに来て、不法滞在しながら働き始めていた。
盆の滞在中いろいろ話した。と、その中でDが僕にこう聞いてきたのが今でも鮮明に記憶に残っている。「どうしてあなたは頭がいいのに貧乏なんだ?」と。
頭がいいか悪いか別にしてなんで貧乏なんだと聞かれてもね。
僕は「お金よりも友だちに会う自由さをとったんだ。とても楽しいよ。君もお金よりも大事なものあるんじゃないかな」、と言うようなことをいったと思う。すると彼は「ないです」と、即答した。僕は少しムッとした。でも、彼は日本にお金を稼ぎにやって来たのだ。不法滞在までおかして労働していた。すべてお金のためだった。その稼いだお金で何をしようとしてたかは知らないが一生懸命働いてたわけで、僕はあのときなんでムッとしたのか今では分からない。
そしてそれから一年後、いつものようにHのアパートに行っても、Dはいなかった。入管に逮捕されて強制送還で帰国したと聞いた。
ある日突然、昨日まで話していた人たちがいなくなる。それが不法滞在労働者たちだ。道端で職務質問受けたり、内偵のすえ仕事場や住まいに踏み込まれたら、即逮捕勾留され、音信不通になる。僕は怖くて仕方がなかった。戦時中ってこういうことなのかな、と思ったものだ。
そして数年後、僕はHとハイフォンにDに会いにいった。Dは結婚して子供も生まれていた。家も立派なものに住んでいた。
僕はハイフォン名物のカンピョウみたいな茶色いフォーを食べながら、彼に言ってみた。「お金よりも大事なものがあるだろ?」と。
彼は笑ってうなずいた。
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