9、カッター・スライダー・スラッター ~ぬかてぃの変化球の名前論~

1、最近スラッターを批判した

章の通り、私はスラッターというものをあまり肯定していない。というのも、変化球というのは線引きが非常にあいまいで、各々の定義が全く違い、断定の難しいものだからである。

90年代スライダーを駆使してその名の高かった投手に元巨人齋藤雅樹氏がいる。その彼が近年ずっと自分の変化球をカーブと言っており、さらに現在プロ野球選手への影響もあるパワプロですらスライダーではなく「スラーブ」というカーブ族(パワプロでは)に当たる変化球にされている。これは齋藤投手の「自分の持ち球はスライダーではなくカーブ」から起因される事である。そんな変化が多々起こっている。

アメリカでは変化球をファストボール、ブレーキングボールという傾向があるのはご存知だろうか。勿論、カーブ、スライダー、カッター(カットボール)、チェンジアップなどその名前をアナウンサーが口にする事も少なくない。しかし基本的にはファストボールとブレーキングボールでまとめる事が多い。これもまた各々の言い分で変化球は変わるから、という事に起因する。

言ってしまえば投げている本人が「自分の投げているボールは〇〇」と言ってしまえばそうなってしまうくらいのいい加減な世界であり、それを断定しきるのは難しいからである。

だからこそ現在の野球技術書では変化球の「投げ方」までは書かれるが、その変化の定義は描かれない。あくまで感覚的なものでしか語っていない、という背景がある。

だからそういう定義があいまいなものをさも定義づけ出来たと言わんばかりに新球種を増やしてしまう現状というのはあまり好きではないのだ。

2、スプリッタ―のボール。フォークとSFF

ところでスラッター、スラーブというスライダーともカーブとも言えない、またはカットボールともスライダーとも言えない変化球の定義、とはなんなのであろうか。その論争、少なくとも90年代には「フォーク」「SFF(現在でいうスプリット)」でもあった。

現在でこそスプリットという名前でSFFは投げられているが、いわゆる今の形でのスプリットというのが日本に来たのは1985年のアストロズ来日の時にマイク・スコットが投げていたものと考えてもよいだろう。そもそも肘へのダメージが懸念される事からフォークという変化球そのものがアメリカでは忌避されていた事もあって、彼の投げる半速球で落ちの浅いフォークというのはそれだけでインパクトがあった。この後巨人の桑田真澄投手も「サンダーボール」という名前で投げていたりするから80年代にはスプリットというものはあった。

しかしこの80年代から90年代にかけては、スプリット型の変化球がいまいち定義出来ていなかったのは事実である。例えば横浜での佐々木投手のフォークや近鉄の野茂投手のは誰もが「フォーク」と分類し「SFF」とは分類しなかった。それは変化量が大きな割合を決めるが、球速で言えば速球150km/h代に対してフォーク140km/hと、現在で言ってしまえば確実にスプリットに所属するボールとなっている。

この時ではすでにSFFが流行りから消えてしまっていたという現状があるにせよフォークとSFFの定義などいまいち決まっておらず、90年代は慣例的に挟んで落とすボールを全て「フォーク」といい、現代ではMLBの影響も含めて半速球の挟んで落とすボールを全て「スプリット」。さらに言ってしまえば速球が速い投手のそれを指してしまう傾向にある。

アメリカでは等しく「スプリット」と呼ぶこの変化球。日本では「フォーク」と「スプリット」を使い分けれているか、と言われたら甚だ懐疑的というのは間違いない。「MLBに通用するフォーク、欧米系の選手が投げるフォーク」を総してスプリット言っているのではないか、とは暴論としても現状はそんなものに近いだろう。

変化球の定義、なんてものはそれほど曖昧なのだ。

3、スラーブ、Sスライダー、Vスライダー、ドロップ……。

そんな曖昧な現状で一応の定義とまではいかなくても、それっぽいものとして出ているのが「実況パワフルプロ野球」のようなゲームであろう。投手一人一人の変化球を再現するのは至難の業だが、特徴的なボールであれば出来る限りそれっぽいものを作りたい。そこから現在の派生があるだろう。

分かりやすい例を挙げるとするのならば「スラーブ」という変化球であろう。投手が「自分が投げているのはスラーブ」という人はあまりいない。どちらかというと「カーブとスライダーの間」という言葉を受け取った第三者が「スラーブ」という傾向がある。

しかし、昔からパワプロをやっていた人は知っているだろう。元中日の野口茂樹投手が投げるスライダーが独特ゆえに彼独自の変化球を表現したものとして「Sスライダー」というものがあった事を。今であれば確実にスラーブの扱いにされたであろうSスライダー。そういう表記の揺れがここ20年で起きているのだ。

ではスラーブの投げ方はどうなのか、という話になると途端に話を聞かなくなる。カーブよりひねらないけど、スライダーのように切らない。その間くらい。というかなり杜撰なものである。解法は基本的にはなく、投手にとって「これがスラーブだ」と言えばスラーブになるという、なんともお粗末なものである。速球との球速差に関してもまちまちだ。

ただ漠然と「カーブとスライダーの間」がスラーブなのであり、結局自分の感覚で適当に名乗ったものをスラーブとして扱う、という現状がある。ゲームなどでそれを作るために定義したとしても、現実の野球でそれでは全くこの名前の意味はない。野球ゲームの域を出ない名前なのだ。

他にも「Vスライダー」こと「縦のスライダー」はどうか。近年失われた変化球の一つに縦に割れるカーブこと「ドロップ」があるが、現在の投手が投げる縦スライダーの大半はどうやって投げられているのだろうか。恐らく大半の投手がスライダーの持ち方で、抜くように投げる、というものだ。……ところで近年曲げるカーブではなく抜いて落とす「抜くカーブ」という変化球がある事はご存知だろうか。この変化球に関してはまだ球速差という大きな理由が出せるが、逆に言えばそこが無ければ本人の自己申告で変化球が変わってしまう、という状況があるのだ。

なんてことはない。「Sスライダー」が「スラーブ」になったように、「ドロップ」が「縦のスライダー」と「抜くカーブ」に分派しただけの事なのだ。現代に即した言い方か否か、という以上のところはない。

4、スラッターとは何者か

さて、ここでスラッターである。現在誰もがいう「スラッター」とは何者なのか。どういう定義をもってスラッターを指すのか。これがいまいちピンとこないのが正直である。

というのも、言ってしまえばカッターの動き幅を増やしただけなのではないか、としか思えないのだ。

私は必ずスライダーの話をする時、元セントルイス・カーディナルス等で投げていたスティーブ・カールトンを例に出す。彼は元毎日などで投手をしていた成田文男氏のスライダーを見て、それを教わりアメリカに持ち帰ったという逸話がある。それゆえに彼は自分のスライダーを「メイド・イン・ジャパン」と言っている、というものだ。

これだけ聞くと青は藍より出でて藍より青し、のように聞こえるが、ここで着目すべきことは日本のスライダーを持ち帰る、というところである。日本ではスライダーというものも曲りが深いほどいいものである、という考え方があるが、スティーブ・カールトンは変化球と共に、その感性を持ち帰ったのではないか、という事だ。

その裏を読み取れば、日本のスライダーというものとアメリカのスライダーは彼が日米野球で来日した1968年の時点でさえ違うのではないか、という事なのだ。

つまり1970年代の時点でさえアメリカにおける「slider」とは「半速球で手元で小さく曲がる」ものであって、日本の「大きく横に曲がる」という「スライダー」の性質と感性が変わってくるのではないか、という事だ。つまりアメリカでは日本のスライダーは「横滑りするカーブ」、それこそ「スラーブ」というものであり、そこに着目したからこそスティーブ・カールトンはその成田のスライダーを持ち帰ったのではないか、と見る事が出来るのだ。

つまり日本における「スライダー」とアメリカにおける「slider」は意味が異なる、それも1970年代とおおよそ半世紀前からその傾向があると読み取れるのである。ともすれば日本の「スライダー」はあちらでは「カーブ」に相当する変化球扱いされる可能性もあるのだ。

そういう歴史背景を鑑みた上でスラッターという変化球の考え方をすると、単純にカッターの幅を大きくしたい、程度の事なのではなかろうか。ともすればフィラデルフィア・アスレチックスのチーフ・ベンダーが投げたと言われるニッケルカーブに先祖帰りを果たそうとしているのかもしれない。まだスライダーと呼ばれる前の、カーブの進化派生の中の一つに戻ろうとしているというだけ、とも読み取れるのだ。

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