セリーグにDHは必要なのか
かれこれセリーグがパリーグに手も足も出なくなりつつある。交流戦では大抵パリーグの球団が上位を独占し、パの最下位がセのAクラスとBクラスを行ったり来たりしているところと同格、なんてのを見ることはざらではなくなってきたし、何より日本シリーズがほぼパリーグが勝つという予想をされ、案の定そうなってしまっている、という現状はファンならば誰もが知るところだろう。現在交流戦がある事に対して憂鬱というセリーグファンも多いのではないか。
そして2018年、セリーグを少しずつ騒がせているのが、セリーグへのDH導入案である。近年のパリーグに対して勝てないセリーグが同じDHを導入し、戦い方の均衡化を図りたいという意思があるようで、それに賛否両論といったところである。
果たしてセリーグにおいてDHは必要であるのか。
1、DHを入れれば解決するというロジック
まず私が疑問に思った事は「DHが作動することでどううしてチームが強くなる」という意見に至るのか、というところである。確かにDHにおいて投手と打者が専門的になるメリットの大きさ、というのはわかる。今まで八人+一人という打撃方式から九人という方式に変われば戦い方の合理化に繋がるため必然的に強くなるだろう。更に言えば選手のフィジカル、メンタル共に調整しやすくなるのもある。入れたほうがよい、という意見が多いのも頷ける。
しかし、考えてほしい。応援している自チームで構わない。現在、そのDHに置ける選手がいるのかどうか、だ。
ここではっきりと「いる」と答えられたチームのファンは幸せである。打撃力は高いがそれ以外が物足りず持て余しているという選手がいるという事だから。そういうチームにはDHはありがたいものとして機能するだろう。
しかし、得てしてそういった選手はいないのが現状ではないか。一昔前の金本知憲や前田智徳といった、打撃以外はケガなどで難はあれど、打撃だけに関して言えばまだまだ現役は続けられただろう、という選手はセリーグのみならずともほとんどいなくなってきているのではないか。
その中でDHを作ったとしても投手より少し当たる具合が大きくなるというだけで、例えば阪急の高井保弘や近鉄のマニエルといったような「守備に就かせるとリスキーだが本来四番を打っていてもおかしくないような存在」というものがいなければ焼石に水というものである。
つまり、チームそもそもの能力が高く、その中で打撃より総合力が優先されたためにベンチにいる選手が対象なのであって、それが気持ちよく「いる」と言い切れないチームには、その基盤の弱さを指摘されるという事になる。
言ってしまえば、弱いチームはさらに弱くなる。それも一年程度では取り返せない程度に厳しい状況を迎える事になる。
現状パリーグで強いチームも、チーム基盤そのものがしっかりしているチームが強い。思い出していただきたい、00年代のオリックス・バファローズを。清原、中村、ローズ、カブレラ、ラロッカ……。打撃に一言ありの選手が何人も揃って、その上で負け続けてきたか。打力が高ければ勝てない、その立て直しには時間が要求された、という事は05年の堀内巨人を知っているファンには重々承知のはずだ。
DHを入れたところで投打のメリット、デメリットがはっきりとなるだけで、強くなる保障などないのだ。
2、外国人をとる事のリスク
ほかの人はおおよそこう答えるだろう。「外国人でも雇えばいい」と。
しかしその考え方はSNSが発達した現在では古いものとなりつつある。というのもMiLBのみならず各々の国のプロリーグファンが必ずいるという時代で、開けてびっくり玉手箱という時代は去りつつあるからである。今の時代、その外国人が来る前におおよその事を話せる人がSNSを中心に情報を発している時代なのだ。また、youtubeなどで選手の、少なくともいいところ誰でも見られる時代になった。そんな時代の中でパワーだけを求めた外国人の大半が日本の野球で苦しんでいる現状がある。良くも悪くもSNS時代を迎えた事によるレベルの向上が止まらなくなりつつあるのだ。阪神のロサリオなどそうだったではないか。KBOを知るファンにどれだけ洗われたか。
そのため「外国人を雇う事」がすなわち打線の補強になると今まで以上に言えない時代が到来しつつある。現状活躍している選手も、例えばデスパイネ、バレンティンなど選手の自国でも名前が聞ける選手が活躍するようになりつつある。あとは「適応力」という未知数な領域に足を突っ込まないとわからない、というギャンブル的な側面が生まれているのだ。
野球人口総スコアラー時代に片足を突っ込んできているこの時代に「助っ人外国人」を頼る事は相応のリスクも生じている事は理解しておかなければならない。
そのため、外国人に夢を見すぎると痛い目に合う確率がかなり大きくなっている。そういう時代になりつつあるのだ。
3、マグナムからアサルトライフルの弾になっていく投手
これは別に最近の話というわけではないが、パリーグの投手専業によって一部投手以外はかなり摩耗される現実がある。例えば今から五年前の2015年。読者の推しているチームの中継ぎ、抑えは残っているだろうか。いや、まだ抑えは生き残りがいるだろう。中継ぎはどうだろう。もうほとんど姿を見なくなっているはずだ。
勿論減っていないチームもあろう。ソフトバンクなどはまだ鍛冶屋、森、嘉弥真、岩嵜、サファテが投げているしその姿は派手ではないものの、しっかりチームを支えているだろう。
しかし、なぜそうなっているか、といえば三軍の選手全員にコーチをつけたいと言わしめるほどのチームとしてのフィジカル、メンタルコンディションに対する意識が高いからこそできる事である。
それをソフトバンク以外で、は言わずもがな、そこの後塵を排するところのチームはセリーグにあるのか、という疑問すら生まれる。
その後塵を拝さないために資本含め他球団が必死にチームの底上げをしているから現在パリーグは力あるリーグになっているのであって、果たしてそれを行っているチームはセリーグにある、と断言できるのか。少なくとも後塵を拝するどころか一周遅れの印象のほうが強い。藤浪の件で阪神は昭和を引きずっている、という言葉をたまに耳にしたが、そもそもセリーグが90年代よくて00年代を未だ引きずっていて、そこから脱せていないという印象がある。横浜が唯一もがいて2010年代の匂いを出しているが、それでもパリーグと開いた差を覚える。セリーグ独特のネットワークがあるからその年その年に出た選手は広く広報されるが、それが三年以上長続きする事が稀、という印象が深い。
少なくともセリーグでここ5年活躍している中継ぎ投手を答えるのは難しく、非常に層が薄い。はっきりとした先発と先発予備軍と、恐らく抑え、というふわついた状況になりつつあるのは如何せん否定できない。ここ五年でいい、越智山口の風神雷神みたいなニックネームがつくほどの中継ぎがいたか。いたとして何年活躍できたか。もうスコット鉄太郎もマシソン以外引退しているのだ。そんな状況で投手専任にするとどうなるか。
おそらく起こるのは投手の弾丸化。先発をできるだけ長く持たせて、状況で中継ぎをぼんぼん放り込むような形になるだろう。
中継ぎ投手はある意味で銃弾と言われるほど簡単に使われ、数年もしないうちに消えていく。そうしないようにするのは采配であり、チームのコンディショニングというものなのだが、その二つをちゃんと完備していると断言できるチームがセリーグに何球団あるのか。今までマグナムの一発だった中継ぎがアサルトライフルの銃弾のように大量消費される状態が続く事になるだろう。
そのため、素人目には派手な、玄人目にしたら大味な点の取り合いを中心とした野球になっていくだろう。とはいえ小技を重視したがるセリーグだからホームランバッター以外は小技でなんとかするみみっちい野球にもなりかねない。パリーグとの戦力均衡とはほど遠いような事になるであろう。
4、DH制度を取り入れる前にやるべきこと
上記から私はセリーグのDH制度取り入れに反対である。新しいことをしたら必ず成功する、というのは素人の寝言というやつだ。DH制度を取り入れたところでセリーグがよくなるわけがない。制度を入れるだけで戦力が均衡化していく、なんて時代は20世紀に終わったのである。それほどNPBはアスリート化が進んでいるのだ。その中でDHを入れても何の足しにもならないだろう。むしろ2017、18年のような広島以外がどんぐりみたいなシーズンを何度も繰り返し、CSだけ盛り上がればいい、というような兆候が更に悪化するだけであろう。もちろん交流戦も日本シリーズも変わらない結末になる。付け焼刃なのだ。
何故そうなるのか、と言われれば間違いなくセリーグはパリーグに比べて球団経営の力が劣っている。一軍で活躍する選手が毎年現れては消えていくような事態が続いているセリーグで、現れた後一年スタメンは取れなくても一、二か月のスタメンは耐えるような選手がどんどん出てそこから本格的に台頭してくるパリーグと比べるのは酷である。少なくともパリーグはダルビッシュ、田中、大谷というリーグを代表する投手を失っているのに今もその強さを残しているのは決して選手個人の能力だけではないだろう。むしろ特定個人の能力頼みなチームほど弱いのがパリーグである。
それに引き換えセリーグはどうか。2019年丸が引き抜かれただけで圧倒的と言われた広島帝国はBクラスに甘んじた。中心選手は抜かれたから優勝は無理かも、と言われた広島がBに転じる姿を2019年時点で誰が想像できたか。いくら中心選手とはいえ、たった一人が抜かれるだけでここまで衰退するのだ
そう。セリーグは絶対的な基盤がパリーグに比べ足りていない。選手の才能や采配に酔いすぎ、選手の心技体をコンディションチェックしていくという姿勢が今のセパの差を生んでいるのである。そうでなければ少なくともここ数年の交流戦、日本シリーズの一方的にも近い敗北は説明できない。マネするべきところはDH制度ではないのだ。むしろ1975年へのタイムスリップ願望にしか見えない。そんなところを変えたところで絶対的な差は埋まらない。それどころか確実に広がる。中途半端に間延びしたリーグになっていくだろう。最悪セリーグのセはセミプロのセ、日本におけるプロ野球はパリーグ、なんて誹りを受けるきっかけになりかねない。
問題は、今まで選手とフロントを中心に金銭を回し、設備などはその次、というような風潮で回している体質を変えていくべきなのである。
機材をどう調達し、人材をどう配置し、選手のコンディショニングをどう整えていくか。これに各々チームが投資していくことこそセリーグ復権のカギなのである。
かつてのV9巨人において、個人主義的だった川上哲治がドジャースの戦法を読み、そこから牧野茂を中心としたコーチに波及させる事で強いチームを作っていったように、今までのやり方を捨て、学び、投資し、脱却することで初めて強くなるのである。そこを軽視している限りセリーグに未来はない。
なので私としてはDH制度、反対である。もうチームを強くしていきたいという意向にDH制度が応えられる時代ではない。