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リック・キャンプ、1発のホームラン

1,珍記録になった1本のホームラン

1985年7月4日、カウンティスタジアムでのニューヨーク・メッツとアトランタ・ブレーブスの試合は16-13でメッツが勝った。
シーズンに一回はあるかないかの点の取り合い。ことメジャーリーグでは珍しいものではないだろう。

開始時間は現地時間p.m.7:30。終了時間が翌日3:55。
試合時間8時間以上。日をまたいだ試合であった。

その試合は19回までやっており、19回表にメッツが5点を取り、その裏にブレーブスが2点を取り返しての決着である。
つまり18回ウラが終わった時点では11-11という結果であったという事がわかる。
実は18回表の段階では両者10-10であった。つまりメッツが1点を取り、その裏にブレーブスが1点を取り返すシーソーゲームの要領で進んでいた。

その18回ウラ、ブレーブス敗北を1回伸ばしたホームランが有名である。
中継ぎ投手であったリック・キャンプがソロホームランを打つことで19回表へとつなげたのだ。

2,スイングマン、リック・キャンプ

リック・キャンプという投手を知る人は日本ではまずいないと言っても差し支えないだろう。知っていれば相当のMLB博識である。

ブレーブスに9年在籍、414試合登板してスターターが65試合、試合終了に投げていたことを表すGFが170試合。つまり野球人生のほとんどがブルペンで、かつクローザーでもなかった投手である。

通算成績が56勝49敗と考えたら時代背景があったとしてもブレーブスのブルペンでは大きな存在であった事が示唆できる。

414試合中942.1イニングは先発含めとはいえ立派であると言ってもいいのではなかろうか。

29歳の1982年には先発も行っており11勝13敗、防御率3.36。登録はブルペンとしてで51試合中21試合先発、つまり30試合はブルペンで入っているから大車輪の活躍だったと言える。

この年アトランタ・ブレーブスは43歳のエースフィル・ニークロ、クラウデル・ワシントン、デール・マーフィー、来日経験もあるボブ・ホーナーを有している。

二桁勝利がフィル・ニークロ(17勝)、ボブ・ウォーク(11勝)に次いでであったことを考えるとリック・キャンプの存在感は大きい。

その後2年スターターとして生きるが1986年にチームからリリース。そのまま球界から姿を失う事になった。

1980年代前半、スイングマンとして長く活躍した投手であった。

3,リック・キャンプ、唯一の本塁打

彼の通算ホームランは1本。打率.074で打点は7。おおよそ打撃の上手い投手であったとは思わない。どこにでもいる投手専任の男であった。

しかしその一本があまりにも目立つ場面で打ったのだ。

この日のメッツの先発はこの年24勝をし、長年メッツのエースとして君臨したドワイド・グッデン。ブレーブスは17勝(15敗)するリック・マーレであった。この年のメッツはゲイリー・カーター、ダリル・ストロベリーなどの強力打線を率いており、ナ・リーグ東2位をつけている。(一位はホワイティボールで一時ナ・リーグを沸かせたカージナルス)


この二人は4回もたずそうそうにノックアウト、後続投手もメタメタ打ったり打たれたりしながら13回、メッツが2点を取ると裏にブレーブスが2点を取り返し10-10のまま同点18回。
17回からマウンドに立つリック・キャンプが一失点した後、試合が終わるかと思われたリック・キャンプでの打席。トム・ゴーマンの投げたボールをバッティングした。
そこで彼は生涯唯一のホームランを打っているのである。

11-10であった試合がまさかの場面で試合を振り出しに戻す初本塁打。深夜の出来事であったから観る事が出来た人間はほとんどいないだろう。少なくとも2時以降の話だ。

野球を見慣れた人間にとってはブレーブスが勝つ姿を想像できるだろう。
こういう流れの変化はそのままチームの勝敗に絡む。

しかしこの試合の決着をつけたのもリック・キャンプであった。
意気揚々とマウンドに上がった彼はそのまま5失点。完全に意気消沈してその回を終えるとその裏に必死になってブレーブスナインは追いかけるが2得点が限界。
そして16-13、19回における死闘にけりがついたのであった。

一瞬だけ夢を見せたのがリック・キャンプなら、その夢をマウンドで散らせたのもリック・キャンプ、という珍しい試合になってしまった。

リック・キャンプに初本塁打を許したトム・ゴーマンが勝利投手(4勝3敗)になり、本塁打を打ったリック・キャンプが敗戦投手(2勝4敗)。
改めて野球というものは面白いものである。

4、野球の記録は人間臭さの証明

改めて思うのはたった1本の本塁打、それもその年以降メジャーに上がる事のなかった投手の通算1本塁打が記録として残る、というのは記録の面白いところだ。

恐らくそんな珍記録がなければリック・キャンプは知る人ぞ知る投手であろうし、MLBの軌跡を語る際に本の数ミリだけ触れて終わるような投手であった可能性も捨てがたい。

しかし実際見てみると、こんな奇妙な本塁打がいまだにアメリカでは語られているというのが面白いところで、しかもその打った投手が敗戦投手になり、打たれた投手が勝利投手になるちぐはぐさがまた面白い。

野球の記録にはそういう人間臭さが汚れた洗濯物のように強いにおいを放つ瞬間がある。
それが野球の記録というものの面白みであることを思い知らされるのだ。

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