小さなグラウンドで今日も聞こえる野球狂達の詩
1、球春穏やかなりて
WBCが世間を沸かせているがなにもWBCだけが野球ではない。
甲子園では各高校がしのぎを削っているし、プロ野球のみならず本格的にリーグが始まる大学野球もオープン戦で最後の調整を行っている。
社会人野球は東京スポニチ杯で一足お先に公式戦開幕。既に都市対抗野球大会や全日本社会人野球選手権の切符をめぐって血眼になりながら戦う選手たちがいる。
アメリカなども大学野球リーグが花咲いており、華やかな大会こそ終わったものの、日常に戻りこそすれど野球は私達の背中にいるのであった。
そんな球春の中、神奈川春季クラブチーム定期大会に足を運んだのだが、改めてクラブチームの野球というのは面白い。
選手の才能で切り崩す事が可能なプロやアマチュアの上位チームと違い、どうやって選手一人ひとりをマネジメントし戦うかを求められるクラブチームには大谷翔平達が活躍したWBCなどとは違う野球の粋を見られることが出来るのだ。
2,掛け声一つが勝敗を分けていく
クラブチーム、と聞くと趣味で野球をやっている人の集まりと思われがちではあるが必ずしもそうとは思えない。それは野球というスポーツが個人同士の戦いを集積しているながら集団としての戦いを求められていくからであろう。
神奈川には多くのクラブチームがある。神奈川金港クラブ、全川崎クラブ、横浜球友クラブを中心に気鋭の横浜ベイブルース、企業チームへの登録を狙うJ-FAMBBC、また相模原クラブや湘南ひらつかマルユウクラブ、茅ヶ崎サザンカイツなどの地元を作るチームが日夜しのぎを削っている。
多くの投手が130km/h近いストレートを出し、あわやホームランといったプレーを何度も垣間見える。
彼らは歩みを間違えれば我々一般人でもあるので彼らの積み上げてきたものが肌感覚で理解できる。彼らの力は才能の上に努力を乗せて研ぎ澄ませたものではなく、自らあるものを何度も何度も練り上げて育ててきたものであることを否応なしに理解できるのだ。
もし仮に自分がその立場になったとしてここまで自分を追い込むことが出来るのだろうか。こうなる前に投げ出すのではなかろうか。
そういう事を感じさせるのだ。
勿論これは隣の芝生は青いというやつで、自分の当たり前が他者にとっては積み上げたものがあるように見えるのかもしれない。
だが自分が出来ない事を素直に賞賛する事を私は悪い事と思わない。特に社会人になると「あれはいいや」「これもいいか」と色々諦める事が増えていく。そうせずに不断の努力を積み重ねる事は素晴らしい事だ。
そんなメンバーがグラウンドを埋め、おっと言わせるような試合を展開していく。
3,印象に残った相模原クラブ
「ウッシーさんまだ完投するの?」
一日目、相模原クラブの試合で観客席から聞こえたであった。
相模原クラブの先発は牛島陽投手。
30を過ぎた彼がWIENの若き選手たちを追い詰めていた。初回に1点を許したもののそのままベテランのピッチングで9回まで投げ切った。
116球完投。文字にするには簡単であるし、プロを知る人だったら30過ぎの先発なんていないわけでもないから驚くことでもないかもしれない。
しかし、世間一般の人間が116球を投げるなんて練習でさえバテるであろうにも関わらず試合で投げ切るのである。
その日は日曜日、明日になれば社会人としての生活が待ちわびているだろう。それにも関わらず一試合という厳しい展開を一人で乗り越えていったのだった。
投手は苦しそうにはしていたが、どうすればいいのかという表情を一度もせずに試合をクリアしていく。そこには多くの修羅場をくぐってきたベテランの姿があった。
多くの選手が30を過ぎる前には引退するであろう世界で完投をするのは普段から自分を磨くことを怠っていない事を気付かずにはいられなかった。
今回はこの相模原クラブに学んだことは多い。
日曜日に一試合目が行われた後、平日の月曜日に第二試合が始まる。
相手は横浜ベイブルース。私が追っているクラブチームであった。
クラブチームは対戦の挨拶でどれだけ揃っているかでチームの強さはおおよそ分かる。
単純なもので数が少ないチームは圧倒的に不利だ。
というのも当然だが野球は九人スタメンがいる事が前提で始まるため、控えのメンバーは多ければ多いほどクリアリングが可能となる。特に投手の運用は大変で足りなければ野手登録している選手がマウンドに上がらざるをえなくなるのだ。
平日は選手を集める事が難しい事は横浜ベイブルース監督である杉山雄基氏がこぼしていた事がある。
「平日はどうしても人員が」
ベイブルースのように選手が集まるチームですらフルメンバーが叶わない事だってあるのだ。
その日の一試合目で戦っていた京浜野球倶楽部の選手が攻撃の回のヤジで「まだ攻撃続くの?この後仕事なんだけど」と冗談交じりに言っていた。
それこそ企業チーム登録を狙うJ-FAMBBCが出来ているくらいで、それでも完全に、というわけでもあるまい。クラブチームの現状を平日開催だからこそ思い知らされるのである。出場すら一つの障壁として立ちはだかるのだ。
その五回表、先発投手であった川辺博也投手が捕まり一気に4失点。一気に敗北のムードになった時であった。
六回表に投手交代をするのだが、ブルペンで投球練習をするとき私は違和感を覚えた。
どうみたって投手を現役でやっている投手のそれではない。
掲示板には下里と書かれている。調べてみると投手下里友則は捕手としてチームに所属していた。
そして驚かされたのは49という年齢であった。
49という選手を現役で使う、と考えると驚きを隠せないだろう。
実際初登板というのもあってコントロールが散らばっていた。練習はしていたが実戦を想定したものかはどうか分からない。そんな状況だった。
最初私は「試合を投げたか!」と思った。かといって高校野球じゃないんだから思い出登板ってわけでもなかろう。
するとサードを守っていた吉良圭輝選手が声を出している。
「真ん中に集めればいいですから。真ん中に」
ここで私ははっとなった。
マウンドに立つと選手というのはどうしてもセオリーを考えてしまうため、また打たれる事を極端に嫌うためにアウトローなどボールゾーンを狙おうとする。しかし現実問題は普段の練習を積み重ねているからこそ入れられるコースなのであって、練習が足りてない場合は余計な四球を増やし、そのままど真ん中に投げて打ち込まれるパターンが多いのだ。アマトップの企業チームやプロですら見たことある光景。それを吉良選手は抑えたのだ。
その言葉に従った下里選手はどうなったかというと1回を無失点。見事リリーフを成功させたのだ。
後7回は失策なども加わり1失点をしてしまうのだが、急造、ですらなかろうその場しのぎの投手がバックを信頼して投げた結果リリーフを1回でも成功させる。それだけでも凄まじいのだ。
さらに下里投手のリリーフで立った若林選手は先日サードで先発していた選手。彼がマウンドに立ってなんと三三振。その回をきっちり1失点で終わらせてしまった。
結果として相模原クラブは負けたのだが、その光景はきっと「次戦ったら本当に負けるのか」「選手が揃えば全く違う結末になるのではないのか」と将来を感じさせる試合だった。
こういう数字では見えないところにクラブチーム野球の魅力が隠れているのだろう。
4,横浜ベイブルース、七番ファースト、森勇樹
最後に一人だけベイブルースから上げたい。
潮田隼人選手の横浜金港クラブ移籍によってファーストを欠いたベイブルースに森という選手が立った。
前年から代打で姿を見る機会があったにはあったのだが今回初めてスタメンに名前を連ねるところを見た。
年齢は27歳。新陳代謝の比較的あるベイブルースでスタメンを取るのは大変だろう。彼がやっと奪いきった。
杉山監督の計らいか、チャンスか。それとも引退勧告か。
それは分からない。しかしスタメンの機会を得たという事は間違いなく何かを求められているという事だ。
それに応えようとしたのか。ずっと声を出していた。
それこそ先ほどの吉良選手のように。
しかしやはりスタメンの長さが違ったか、彼を中心にしていった吉良選手とは違い、まだまだチームの流れを生み、まとめるほどにはなかった。翌日のJFAMでは四番を打ち、本人曰く7年ぶりの四番だったという事だから、彼の努力次第で新たな道は開けるだろう。
門田博光は33で本塁打王になった。長距離砲の道は決して短いものではない。
また、ベイブルースは内野をまとめる要を欲しているように見えた。それこそ吉良選手のような柱が。
彼がそうなれるかどうかは、これからの野球人生、それこそ生活の一つ一つをどれだけ細やかに生きられるかであろう。
そういう人間の成長を眺めながら、自分の人生を見つめ直す事が出来るのがクラブチームというのは面白いのである。