
ショートショート 「恋人レンタル」
「・・・以上がレンタル彼氏のお仕事の内容説明になります。なにかご質問はございますか?」
パソコンの画面に映る中年男性がN氏に問いかける。
「いや、大体わかりました。ありがとうございます。そしたらこれで面接も終わったら、すぐ仕事が始まる感じですか?」
N氏は自分の部屋で一人、パソコンに向かって質問を返した。
「そうですね、我々のサイトへ登録が済み次第、すぐにお仕事開始となります。N様ならきっとすぐにマッチして、お仕事が始まると思います!また、困ったことやわからないことが出てきたらご連絡くださいね。」
「わかりました。では、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
オンライン面接を終え、N氏は1階のダイニングへ降りた。
キッチンでは、母親が夕食の準備をしている。
「今日はシチューか。いいね。あれ、お母さん、牛乳ないの?」
「牛乳?さっき使い切っちゃったわよ?あんた暇してるなら買ってきてよ。」
N氏の母親は鍋から目を離さず答えた。
「えー。この暑い中、家出たくねーよ。」
「どうせ一日中家にいるんだから、ちょっとは外出た方がいいわよ!このシチュー美味しく食べたいでしょ?あ、じゃあついでに卵も買ってきて。昨日買い忘れちゃったから。よろしくね〜。」
母親の一方的な依頼にN氏は従った。
大学生になってなお、実家で不自由なく過ごすことができているのは、母親のおかげであることをN氏はわかっていた。
母には感謝している。
そのため、反抗の意思はない。
「じゃあチャリ借りるから〜。いってきま〜す。」
面倒な気持ちを抑えつつ、母親の依頼には答えざるを得ないN氏は、炎天下の中スーパーへ買い物に向かった。
「しかし、あの仕事どんだけ稼げんだろ?まあでもデートして金が稼げるのはやっぱ悪くないよな。」
N氏はレンタル彼氏の仕事を思い出しながら自転車を漕いだ。
「今日はありがとう。またNくん予約しちゃおうかしら。」
「うん、またよろしくね。じゃあ。」
レンタル彼氏の仕事をはじめて数ヶ月。
N氏は順調に仕事を増やしていた。
サイトから予約してくれた女性と事前に数回メールでやりとりし、
デート当日は彼氏として振る舞う。
短いときは2〜3時間。長いときは一日中拘束される。
骨は折れるが、夏休みを退屈して過ごしていたN氏にとっては好都合だった。
「ただいま〜。」
1日の仕事デートを終えてN氏は帰宅した。
「おかえり。」
新聞を広げながらN氏の父親が答えた。
「おかえり。今日ご飯いらなかったのよね?」
父親が答えたのとほぼ同時に、風呂上がりの母親が聞いた。
「ああ、大丈夫。食べてきた。」
「最近キレイな格好してよく出かけるけど、彼女でもできたの?」
母親はこの手の話が昔から大好きだった。
父親は黙って新聞を読んでいる。
「いや〜、どうかな〜。そうだといいけどね〜。」
巻き込まれると長くなることを知っているN氏は、適当に母親の質問をやり過ごす。
「フフッ。彼女できたら早く連れてきなさいよ〜。」
「はいよ〜。ん〜彼女ねぇ〜。」
N氏は”レンタル彼女”のサイトをスマホで覗いみた。
「は〜。やっぱりいいお値段しますね〜。俺にはしばらくいらないな〜。」
そうつぶやき、N氏は”レンタル彼女”のサイトを閉じ、
”レンタル彼氏モード”に戻って、クライアントのメール対応をはじめた。
「N様、いつもありがとうございます。今月も大好評でございました。引き続き、”彼氏”としてのご活躍よろしくお願いします。」
N氏はレンタル彼氏の会社からのメールと、添付された給与明細を確認した。
「おー!報酬上がったんだな!ありがてぇ!」
N氏は内容を確認し、実家の自室で喜びの声を上げた。
一方、別の部屋では。
「N様、いつもありがとうございます。引き続き、”母親”としてのご活躍よろしくお願いします。」
N氏の母親が”レンタルマザー”の会社からメールを確認していた。