とても穏やかな気分だ。だからこそ今なぜか湧いているこの自殺欲求がこわい。安楽死が認められる日まで生きなければならないのに。
この世への未練があまりにもなく、このまま本当に死んでしまうのではないかと焦っている。
自殺は、しない。
それでも、なにものにも何も感じなくなればそれは生きているというのだろうか。
心が死ぬとでもいうのだろうか。
過去の日記を見て、また泣いた。
家族から逃げられない悲痛な叫びが描かれていた。確かに私はあの時生きていて、確かに苦しかったのだと思い出す。
私は生き延びた。幸せなことも経験した。
記憶は薄れさえしても、私は過去苦しんでいた。それは事実だ。消えることはない。
本当に死んでしまおうか。
私に何が残っているのだろうか。
物だけが残っている。
でも、それらにもはや縛られることはない。
友達と約束していたことがあって、それが終われば死のうと考えていた。そこまで生きられると思っていなかったから。
でも、生きれた。その約束ももう少しで果たせそうだ。その約束が果たせたとき、私をこの世に束縛するものがなくなる。
焦る。死は私に無を与えてくれるが、苦しみを伴う。苦しみたくない。これ以上、しんどい思いをしたくないということだけが私の心の底からの願いだから。
本当に死んでしまいそうだ。
今までとは違う。穏やかな気分なのだ。
言葉では表せないような激しい感情ではない。ただただ穏やかにもう寿命だなと、もう終わっていいなと、頑張ったなあと死のうとしている気がする。
ただ、死を求めている。
今生きることが苦しいわけではないけど、もうこれ以上生きなくてもいい。私はよく頑張ったのだ。よく生きた。だから死のう。
頑張ってこの穏やかな自殺欲求を止めなければならない。安楽死が認められる日まで。
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