サイレン
春があまりにも春らしい。
お陰で頭の中は、いつにも増してぼんやりとしている。
近頃は季節の境目にグラデーションがなくなって、突然に新しい季節がやって来るように思う。
メリハリがあってわかりやすいが、なんだか乱暴であるような気もする。
鈍い頭で過ぎていった冬のことを考えた。
そういえばこの冬もまた、いつになく冬らしかった。
沢山の雪を見て、手には霜焼けができて、赤切れがあった。
何度もコートを羽織って外へ出かけた。
子供の頃は、吸い込んだ空気が冷たくて、肺の中まで冷え切ってしまいそうな思いがしたが、もう何年もそんな気分を味わっていないことを思い出した。
それは世の中の問題なのか、私の問題なのかはわからなかった。
頭の中をサンタクロースが横切っていった。
勿論徒歩ではなかった。
トナカイにソリを引かせて、踏ん反り返っていた。
サンタクロースが通った後には、クリスマスの音楽が流れた。
真っ赤なお鼻のトナカイさんは
いつもみんなのわらいもの
でもその年のクリスマスの日
サンタのおじさんはいいました
暗い夜道はぴかぴかの
お前の鼻が役に立つのさ
いつも泣いてたトナカイさんは
今宵こそはとよろこびました
それはサンタクロースの言葉に救われた、トナカイの歌であった。
それは胸糞の悪い歌だった。
サンタクロースが肯定したことは、トナカイの人柄や人格ではなく、あくまでその「利用価値」なのであった。
もしもその鼻の利用価値がなくなれば、トナカイの存在意義はまた無へと還ってゆく。
サンタクロースにとってはトナカイはあくまで、交通手段なのであった。
それでもトナカイは喜ばないわけにはいかなかった。
それ程にトナカイは苦しめられていたのである。
どんな肯定であっても、彼にはそれが神の差し伸べた手に見えたのである。