インフルエンザ脳症ではどのくらいの頻度で異常行動がみられるか?

インフルエンザ脳症はインフルエンザにおける重要な合併症である.
インフルエンザ脳症ではよく知られた主な初発神経症状として, 意識障害, けいれん, 異常言動・行動(以下, 基本的にはまとめて異常行動とする)があげられる.

意識障害はインフルエンザ脳症において最も重要な症状であり, 非常に高い頻度でみられる.
またけいれんもインフルエンザ脳症の発見の契機となる症状の1つである. 日本人での最近の研究では約2/3の症例でけいれんがみられ, また低年齢ではみられる頻度が高いことが示されている(*1).
一方で, 異常行動の頻度については一般的にはあまり知られておらず, 上記のOkunoらの報告では分析の対象となっていない.

国立感染症研究所・厚生労働省感染症課から出されている「今冬のインフルエンザについて」ではインフルエンザ脳症の報告数や年齢分布について言及されているものの, 臨床像については触れられていない(*2).

また2018年に公開された「インフルエンザ脳症の診療戦略」では,
「インフルエンザ脳症の初期には異常言動・行動がしばしば認められ, 熱せん妄, 脳症へ進展しない異常言動・行動との鑑別が必要である」
と記載されており, 具体的にどの程度でみられるかは明確ではない(*3).


また, インフルエンザ脳症における異常行動について分析した研究は, 私の知る限りでは少ない.

日本における1998/99年シーズンのインフルエンザ脳症の症例を分析したMorishimaらの研究では, 幻覚や異常行動がみられたのは4%と報告している(*4).

また2005-2006年の日本での小児の脳症/脳炎を分析したGotoらの報告では, インフルエンザ脳症全体での36.9%で異常行動がみられ, 4-15歳の児の方が0-3歳の児よりもみられやすかったことが示唆されている(47.8% vs 24.4%)(*5).
年齢が高い方が異常行動がみられやすい傾向は, インフルエンザ全体での異常行動がみられやすい年齢で同様である.

しかし上記の2つの研究はいずれも2009年のインフルエンザウイルスA(H1N1)pdm09出現以前を対象とした研究である.
インフルエンザウイルスA(H1N1)pdm09によるインフルエンザ脳症は, 従来よりも発症年齢が高い可能性が示されており(*1, *6), 以前報告されていたものと臨床像は異なる可能性があり, 異常行動の出現率も上記の報告の結果とな異なるかもしれない.

実際に2009年のインフルエンザウイルスA(H1N1)pdm09によるパンデミック時のインフルエンザ脳症についての分析では異常行動・言動は63%でみられており, 従来よりも高かった(*7).

ちなみに日本における2015/16年および2016/17年シーズンを対象とした成人でのインフルエンザ脳症症例を分析した研究では40%で異常行動(delirious behaviors)がみられたと報告されている(*8).

気をつけたいことは, 「インフルエンザ脳症では異常行動はみられるはずだ」と誤解して診断が遅れることである.
インフルエンザ脳症では異常行動はみられることは決して少なくないため, 異常行動の有無にこだわらず, 意識障害やけいれんなどの症状とともに総合的に判断して, 適切な診断を行うように注意すべきであろう.

まとめ
・インフルエンザ脳症では数%から30%台後半程度で異常行動がみられたと報告されている.
・インフルエンザ脳症でも年齢が高い方が異常行動はみられやすいかもしれない
・近年では異常行動はみられる頻度は上記よりも高いかもしれない.


<参考文献>
*1 Okuno H, et al. Characteristics and Outcomes of Influenza-Associated Encephalopathy Cases Among Children and Adults in Japan, 2010-2015. Clin Infect Dis 2018; 66(12): 1831-1837. 
*2 国立感染症研究所, 厚生労働省感染症課. 今冬のインフルエンザについて (2018/19シーズン).
*3 日本医療研究開発機構研究費 (新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業) 「新型インフルエンザ等への対応に関する研究」班. インフルエンザ脳症の診療戦略. 
*4 Morishima T, et al. Encephalitis and encephalopathy associated with an influenza epidemic in Japan. Clin Infect Dis 2002; 35(5): 512-517.
*5 Goto S, et al. Epidemiology of Pediatric Acute Encephalitis/Encephalopathy in Japan. Acta Med Okayama 2018; 72(4): 351-357.
*6 Gu Y, et al. National Surveillance of Influenza-Associated Encephalopathy in Japan Over Six Years, Before and During the 2009-2010 Influenza Pandemic.PLoS One 2013; 8(1): e54786.
*7 国立感染症研究所 感染症情報センター. インフルエンザA(H1N1)pdmによる急性脳炎-4 (2010年9月29日現在).
*8 Morita A, et al. Nationwide Survey of Influenza-Associated Acute Encephalopathy in Japanese Adults. J Neurol Sci 2019; 399: 101-107.

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NS (Noritaka Shintani)
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