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日本脳炎ワクチンと「3歳」という年齢について

日本脳炎は日本脳炎ウイルスによって引き起こされる感染症で, 現在では小児において極めて稀な病気となりました.
ただし実際に発症した場合には重篤となることが多いです. 医療が発達した近年においても小児例の約半数で神経学的後遺症を残しています(*1).

日本脳炎の予防においては日本脳炎ワクチンが定期接種として導入されており, 自己負担なく接種することができます.
定期接種となっている他の予防接種では定期接種の対象年齢となったら速やかに接種を開始することを勧められているものがほとんどですが, 日本脳炎ワクチンは生後6か月から定期接種の対象年齢となっている一方, 標準的な接種開始年齢は3歳となっており, 両者には乖離があります(*2).

一般的には3歳が標準的な接種開始年齢となっていることから, 一般的には日本脳炎ワクチンは3歳から接種を開始していますが, この接種時期に関して日本小児科学会では2016年に以下のような推奨を出しました(*).

日本脳炎流行地域に渡航・滞在する小児、最近日本脳炎患者が発生した地域・ブタの日本脳炎抗体保有率が高い地域に居住する小児
に対しては、生後6か月から日本脳炎ワクチンの接種を開始することが推奨されます。

地域によっては定期接種の対象年齢の範囲でもっとも若い生後6か月から接種が推奨されるような状況となりました.
では標準接種開始年齢となっている「3歳」とはなんなのでしょうか. そこには誤解されている点もあるので, その点についても含めて解説します.


以前は, 3歳以上の小児がかかりやすかった

日本脳炎は, 1960年代後半までは年間数千人規模で患者が発生していました. 予防接種が普及する前は患者の大多数が
・5-9歳をピークとした小児
・年長者

で占められていました.

また導入された当初から不活化ワクチンで, 当時は効果は3年程度を目処に考えられていました. そのため小児でも特に罹患しやすい年代である5-9歳頃に日本脳炎ワクチンの効果が十分に発揮されるようなスケジュールが一番効果的であると考えられます.
実際に1967年に日本脳炎ワクチンが始まった予防接種の特別対策として導入された際には, 対象年齢は3-15歳とされていました.

日本脳炎の予防接種の対象年齢として3歳という基準が明確に示されたのはこの時が最初です.


日本脳炎ワクチン普及後の小児における日本脳炎

日本脳炎ワクチンの普及後, 日本脳炎の患者は激減し, 1990年代前半までには年間5-10人程度となりました.
それに伴い患者全体における小児が占める割合も小さくなり, 1990年代前半までには全体の10%程度となりました.
また小児の罹患者における年齢の分布もやや変化して, 1982-1996年の日本脳炎患者について分析した研究では, 10歳未満の小児患者の約半数が3歳未満であったことが示されています(*4).

また1995-2015年の日本脳炎患者を対象とした研究では, 小児患者9例中3例が3歳未満であったことも報告されており, 近年でも3歳未満の小児例は散発的に発生していることがわかっています(*1).

つまり日本脳炎の予防する上で, 3歳未満の児でも軽視できず, 3歳未満であっても状況に応じて対策を柔軟に考慮すべきであることが示唆されています.

そういった対応をしていく中で「3歳になるまで待った方が得」と認識されていることがあり, それが接種時期の決定に混乱を引き起こしていることがあります.
次にその点に関して説明します.


3歳になるのを待ってから接種した方が得か?

日本脳炎ワクチンは3歳未満なら1回0.25mLを接種しますが, 3歳以上だと1回0.5mLを接種します.
このため1回に量が多い0.5mLを接種できる方がいいので3歳まで待った方が良いと説明されることがありますが, それは適切ではありません.
実際現在使用されているワクチンを用いた臨床試験で3歳未満において0.25mLと0.5mLの使用量が比較されています. その研究では0.25mLと0.5mLで明らかに効果には差がないことが示されたため, より少ない量で済む0.25mLが選択されています(*5).
また同じ研究で, 効果の面でも3歳未満でも3歳以上と同等の効果が得られることも示されています.

また早期に接種すると, 通常接種する9(-13)歳時の接種まで効果が持続しないのでは?ということは懸念されます.
たしかに予防接種の効果の長期的な評価を行った研究は多くはないですが, ある海外の研究では, 予測モデル上は1期接種(最初の3回の接種)後, 14年は効果が持続する可能性が報告されています(*6).
海外で用いられているワクチンであることや, 対象年齢での違いはあるでしょうが, これは1つ参考になる報告ではないかと考えられ, 持続性に関しては3歳時の接種時と比べて大きく劣ることはないかもしれません.

以上から, 効果の面では3歳まで接種した方が得とは言い難いと思われます.


現時点では3歳で初回接種を開始することは標準的とされており, リスクが高くない地域に居住している場合にはリスクが高くなる年代に合わせて接種を開始するというのは合理的ではあります.
ただし, 患者の発生状況や地域として患者が発生するリスクが高いと判断されるような状況となった場合には, 3歳という年齢には過度にこだわる必要はない, と言えるように思います.



<参考文献>
*1 Nanishi E, Hoshina T, Sanefuji M, et al. A Nationwide Survey of Pediatric-onset Japanese Encephalitis in Japan. Clin Infect Dis 2019; 68(12): 2099-2104.
*2 「日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール (更新2020.10.1)」
*3 日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会.「日本脳炎罹患リスクの高い者に対する生後6か月からの日本脳炎ワクチンの推奨について」
*4  松永泰子, 矢部貞雄, 谷口清州, 中山幹男, 倉根一郎. 日本における近年の日本脳炎患者発生状況 -厚生省伝染病流行予測調査および日本脳炎確認患者個人票 (1982〜1996)に基づく解析- 感染症学雑誌 1999; 73(2): 97-103.
*5 Miyazaki C, Okada K, Ozaki T, et al. Phase III clinical trials comparing the immunogenicity and safety of the vero cell-derived Japanese encephalitis vaccine Encevac with those of mouse brain-derived vaccine by using the Beijing-1 strain. Clin Vaccine Immunol 2014; 21(2): 188-195.
*6 Paulke-Korinek M, Kollaritsch H, Kundi M, Zwazl I, Seidl-Friedrich C, Jelinek T. Persistence of antibodies six years after booster vaccination with inactivated vaccine against Japanese encephalitis. Vaccine 2015; 33(30): 3600-3604.




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NS (Noritaka Shintani)
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