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するめなことば

誰かが発した、なんでもないようなことば。
そのひとことが妙に印象深くて、思い返してみるとけっこう味わい深いことがある。
噛めば噛むほど味が出るようなそんなことばたちを、ここに書き記しておく。

「どうせ私は私立の単願だから……」

 高校の友人が、卑屈っぽく発していたことば。

 我々の母校は私立高校だった。
 地域や年代によって差があると思うのだが、当時私の周りで高校受験をする生徒の多くは、ひとまず第一志望として県立高校を目指し、惜しくも叶わなかった者たちが併願の私立高校に滑り止めとして入学する、という流れが一般的だった。
 しかし中には当然私立高校を第一志望とし、単願受験というかたちで願書を出す者も珍しくなかった。(もちろん言わずもがな、そうすることで併願よりもワンランク上の学校に入学しやすくなる、というメリットがあるわけだ。)

 このことばを発したのは、クラスでトップを争うくらいに優秀な学力を持っているにも関わらず、やたらと思考がネガティブな友人だった。

 たしか昼休みだったと思う。友人たち数人で机を寄せて昼食を食べながら、我々は好きな音楽や芸能人の話をしていた。しかしこの友人はいまいち新しい話題に乗れず、もそもそと弁当を食べるばかりだった。

「あれ? あんまり芸能人とか興味ないの?」

 仲間のうちのひとりがそう尋ねると、友人はゆるりとうなずきながらこう答えたのだ。「どうせ私は私立の単願だから……」と。

 その時は、「そっかぁ」とか、「だよね」とか、たしかそんなふうにお茶を濁して、元の話題になんとなく戻っていった気がする。しかし学力に関することならまだしも、芸能の話題に乗れない自分を卑下してこの発言をするものか……と、当時こっそりと感心したものだった。いや関係ねえし。全く。あとなんだよ「そっかぁ」って。何に対する「だよね」なんだよ。
 今になって思い返すと、もっといい切り返し方があったんじゃないかと思えてならない。しかしこの発言に対する最適解は、未だにわからない。

「あの子は孤食で育った子だから……」

 歌手の森山良子氏が、息子の直太朗氏について語っていたことば。

「直太朗さんってユニークですよね」とか、たしかそんな質問の中での文脈だったと思う。バラエティー番組のなかのインタビューかなにかだっただろうか。「息子は空想が好きでして」という回答をしていて、その理由として発言したのがこのことばだ。

 なんとなくだけれど、先述した高校の友人のことばに近しいものを感じる。
 孤食。すなわち親が仕事で家を留守にして、子どもがひとりで食事をとること。友人の場合と違って、こちらのケースの場合は確かに、そうした家庭環境の中では空想好きでユニークな性格に生育されそうだ、という理屈には納得できる。
 だがこの、どこか哀愁が漂うような、ものがなしい感じがたまらなく好きで、やっぱりときどきしみじみと思い返しては、にやにやとしてしまう。


「あいつがいるってことは、屋内だって認識してくれてるってことだからね。感謝感謝。」

 大学時代の友人が、貧しさについて語っていたときのことば。

 引くほど貧乏だったその友人とは、趣味をきっかけに知り合った。
 風呂なしトイレ共同の四畳半、家賃三万円。バイト先のコンビニでこっそり廃棄になる食品を分けてもらってなんとか食いつなぐという涙ぐましさ。
 その友人を交えての飲み会のときに、誰かが「こないだ家にGが出てさ」という話題を持ち出して、その退治方法について、あれがいいだのこれがいいだのと、ずいぶんと場が盛り上がった。
 やはりG氏は憎き敵である。この認識は共通なようで、あまり話したことのなかった知人とも意気投合して話すことができた。

 そこで友人が発言したのが、「感謝感謝」で終わるこのことばであった。今まで随分とやっきになって、やれスプレーがいいだの掃除機で吸うのがいいだのと駆除方法を議論していた自分たちが、なんだかとても幼稚な存在に思えてしまった。

 ちなみにこの会話には続きがあった。周りの誰かが疑問を投げかけたのだ。

「いやいや、そうは言ってもさ、お前んち、夏はめちゃ暑いし冬はくそ寒いじゃん」
「まあね。ほぼ外の気温と一緒かな」
「それって屋内って言えんの?」
「……ああ。ほら、うちはさ、屋根付きの外だから。だからあいつも来ないよ。来ても帰っちゃうんじゃない」

 この「屋根付きの外だから」というフレーズはとても秀逸だと思う。

 たとえば帰宅してすぐ、冷房が効くまでの数分の灼熱の地獄を耐え忍ぶ時なんかには、「屋根付きの外じゃん……」と思わずつぶやいてしまう。なんたる汎用性の高さ。

 ちなみにこの友人は、防犯事情について尋ねられたときに、「家の中にいるときは鍵しめんの。で、出かけるときは開けんの。トイレと一緒。」とも答えていた。「盗られて困る物もないし、家にいるときに勝手に入室されたら嫌だから」という理論だったが、思わず納得してしまった。
 貧しさには、どことなく、「おかしみ」のようなものがついて回る。たくましくもあり、どこかきっぱりと諦めているような、そんな芯の強さから生じてくるのかもしれない。

   ちなみに、このまえGが屋外をふつうにとことこ歩いているのを見た。だめじゃん。


 とりあえず今回はこれくらいにしておく。
   するめなことば。どれも、何度も思い返しては、ふと噛みしめたくなるような、味わい深いことばたちだ。
    続きはまた今度、気が向いたら。