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【小説】「nullに接続しました」⑴

あらわれた通知をクリックすると、メッセージが表示された。

こんなに具体的に書いてしまうと、使用用途が限定的になります。
もう少し汎用性があるように、抽象的に書きなさい。

”センセイ”からぼくに宛てたメッセージだ。
むずかしい言葉が並んでいるけれど、さっき提出した「宿題」について、もう一度出し直さなきゃいけないことには変わりないみたい。

ところで「汎用性」ってなんだろうか。……ぼつようせい?
そう思ってキーボードを叩いてみたけど、うまく変換されなかった。
メッセージをコピーして検索してみると、どうやら「はんようせい」って読むらしい。
『様々な用途に利用したり、適用したりできること』だって。なるほどね。

ただこの「汎用性」っていう言葉自体、そもそも小学4年生のぼくに通じていないわけだから、とうてい「汎用性」がある言葉だとは思えないんだけど。
……なんて送り返したい気持ちをぐっと飲み込んで、「宿題」のファイルをクリックして開く。
「宿題」を見ると、赤い文字がたくさん打ち込まれていた。
これは”センセイ”からの”赤ペン”で、ここを直した方がいいっていうコメントだ。
へたしたら、ぼくが元々書いていた文字の量よりも多いんじゃないかな。

もちろん納得はいかない。これでもいっしょうけんめい書いたんだからね。でもへんに言い返したってむだにきまってる。そんなことをしたら、どうせ痛い目を見ることになるんだもんな。

【教室】の右上にある「退出」ボタンを押す。
【ロビー】に出る。もう放課後だ。【ロビー】はいつも通り、たくさんの人たちでにぎわっている。
画面には、リアルタイムの閲覧者が多い順で表示されるようになっている。今日はやけに【廊下】がにぎやかだ。気になって、カーソルを合わせる。
放課後の【廊下】で、閲覧者2,000人超えはなかなかめずらしい。
ぼくも今日はこれから、いつものみんなといっしょに【公園】に遊びに行く予定だし。

もしかして……。そう思いながら、【廊下】に「入室」する。
ああ、想像通りだった。カズキが「ぞうきんがけ」をさせられている。
そうか。きみ、宿題がまにあわないって言ってたもんね。

ぞうきん ぞうきん ぞうきん 

入力される文字は、見ているぼくたちにもリアルタイムで表示される。
ログをさかのぼると、”センセイ”が「ぞうきんがけを200回しなさい」って発言してたのが見えた。
カズキが打ち込んできた文字列をドラッグすると、82単語入力されていることがわかった。
もうすぐ半分だ。がんばれカズキ。【廊下】のはしっこまでは、あと100回ちょっとだよ。

ぞうきん ぞうきん ぞうき_

いいペースだなあ。このままいけばすぐに終わりそうだ。カズキのタイピングはぼくなんか比べものにならないくらい早いんだ。
今日の「体育」の授業でも、【グラウンド】でひたすらお手本の文字を打ち込む「100メートル走」をやったけど、クラスのみんなをぶっちぎってゴールに走り込んだのは、やっぱりカズキだった。
そんなに早いなら、宿題だってすぐにおわるのに。ぼくと一緒におわらせようよって、あんなにさそったのにさ。

……コピーして貼り付けたらすぐに終わるでしょうって?
そんなことをしたらすぐにばれちゃうよ。この”学校”でそういうずるいことをしたら、すぐにこわい目にあわされちゃうんだ。

前にずるをして、前回の「ぞうきんがけ」のログをコピーして貼り付けたやつがいたんだけどね。
そしたらすぐに【廊下】から強制退出させられて、【校長室】に入れられるのをぼくは見たんだよ。

あれ以来、あいつの姿を見ることはなくなっちゃった。
それだけこの”学校”の監視体制はすごいんだ。
どうやってずるを見つけているのか、ぼくにはまったくわからない。

ぞうきん ぞうきん ぞうきん ぞ_

カズキがんばれ。閲覧者も2,409人に増えた。【廊下】のはしっこを折り返して、あとちょっとで「ぞうきんがけ」が終わる。
そしたら一緒に【公園】に行こうよって、さそってあげようかな。

そうだ、今日の宿題の日記は、カズキの「ぞうきんがけ」について書くことにしよう。
カズキがしっかり反省して、いっしょうけんめい「ぞうきん」を自分の手で打ち込んでいたことを書くんだ。
まじめにやろうと思えばやれるいいやつなんだから。ここはあいつの友達として、”センセイ”の評価を上げてやることにしよう。
そしてこんなふうにならないように、すぐに宿題をやるようにしたんだっていうぼくの決意も書けば、”センセイ”は喜んでくれるかもしれない。

ぼくはカズキの「ぞうきんがけ」のログをコピペして、自分の「日記」に貼り付けた。汗にまみれたゴシック体がそこに並んでいた。
ぼくはカズキ宛に「歓声.mp3」のファイルを送ってやった。
あとで【公園】で、カズキの好きなジュースを1本おごってあげようって、そう思った。