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妖怪!めし食わせばばあ!

人がめしを食っているのを見るのはうれしい。
特に親しい人が相手ならなおさらだ。
何故かはわからない。でもとにかく、うれしくってたまらないのである。

先日、久しぶりに高校時代の友人と再会した。
先に合流した友人と共に、もう一人の友人を待ちながらお茶を飲んだ。
こんなふうにゆっくり語らい合うのは、一体いつ以来のことだろうか。
互いの近況について伝え合う中で、以前わたしが若いやつにめしをたらふく食わせたときの話をしたのだった。


当時のことを思い返しながら友人に語る。
その時わたしは、チェーンのカレー店に行ったのだった。
同伴した若い輩たちは、とにかく金がなくて困っており、一番安いメニューを選ぼうとしていた。
そこでわたしは何の気なしに、かつてわたしが諸先輩方から施してもらったことがあるように、食事をご馳走する旨を伝えたのだ。
へんに気負わせても申し訳ないので、「ひとり500円だけ出したら何を頼んでもいいよ」と提案した。
すると若い者たちは、とたんに目を輝かせてメニューを眺め始めたのだった。

しばらくすると、注文の品が届いた。
机に並ぶカレーたち。
でっかいとんかつが、どーん!と乗ったもの。
チーズがとろけ、ウインナーがみっちりと並ぶもの。
豚肉に牛肉をトッピングし、ごはんを大盛りにしたもの。
「いただきまあす」という声と共に、彼らはカレーをがつがつとかき込むように平らげていく。
ほんとうにうまそうに、目を細めて、もぐもぐ、むしゃむしゃと食べるのだ。
精一杯もぐもぐやったあと、ごくりと飲み込むその様子に、思わずうっとりとしてしまいそうになる。
どんどん食べな。お残しはゆるしまへんで。

危うく忍術学園の食堂のおばちゃんのようになりそうになったわたしは、ふと正気に戻った。
そうだ。お残しはゆるしまへんで。めしが冷めてしまう。
目の前に置かれた皿をそうっと引き寄せて、ほうれん草がちょんみりと乗っただけのカレーを、もそもそと隠すようにして食べた。
自分でめしを食うよりも、目の前で若いものたちが食べているのを見ている方が、なぜだか満たされた気がした。


……と、おおよそこんなような話を、実際にはもっとコンパクトに要約して友人に話したのだった。
友人も「わかる!」と同意してくれた。
実家に帰ったときに我々がやたらと食わされるのも、きっと親からすれば同じような気持ちなんだろうね。
そうだね。ご飯食べたあとにデザートとか、ジュースとかやたらと出してくるもんね。
もうお腹いっぱいだし、食わせすぎだろーって思ってたけど、あれって単純に、食べてるのを見るのがうれしいんだろうなあ。
こうして語らい合っていく中で、長年の謎が解けたような気がした。

「知らないうちにそうやって、めし食わせばばあになっていくんだなあ」
そうつぶやいたのは確かわたしの方だった。
当初は卑屈さを込めて口にしたつもりだったのだけれど、このフレーズに対して、妙な愛着がわいたのだ。

いいじゃん、めし食わせばばあ。
あえて「ばばあ」という語句を選んだことに、ジェンダー的だとか、年齢的なものを揶揄するような他意はない。
単にイメージ的にも語感的にもしっくりくるという、赤ちゃんののうみそで考えたことばだ。

妖怪めし食わせばばあ。
奥深い穴ぐらの中からのそのそと出てきては、しわがれた手で、若い者たちにうまいめしをとにかく食わせたがる、やさしいやさしい妖怪である。

もうすっかり食えなくなりつつある我々が、金で若い者にめしを食わせる。
これって双方がハッピーなのではないだろうか。
わたし、金はらう。おまえ、めしを食う。ゆえに、どっちもしあわせだね。

ただなあ。若い、まだ食えるにんげんたちには、人にめしを食わせたいという思考を到底理解できるとは思えんのだ。
「その金で自分が食いたいもの食った方がしあわせじゃないっすか」とか言われたら、「ええそうですね」と返して、財布の口をそっと閉じることしかできないのだ。
もしかしたら、いたずらに食わせすぎてしまっても、若い者にとまどいを感じさせることになるかもしれない。……かつてのわたしがそうであったように。
そんなようなことを、会話をしながら頭の片隅でぽつぽつと考えていた。


しばらくすると、もうひとりの友人も合流し、スーパーへ買い出しに向かうことになった。
友人たちを自宅へ招いてたこ焼きパーティーをする流れになったので、めぼしい食材や飲み物を手に取っていく。
ただのたこ焼きではつまらないので、少し変わり種の具材を入れてみてもおもしろいかもしれない。誰ともなしにそう提案した。

日頃ひとりで訪れるスーパーと、まったく違う場所に来たみたいだった。
ふだんは、ちょうど切らしていた調味料なんかを補充するのと、その日の夕飯をどうしようか、翌朝はパンでもいいかと、適当にカゴに商品を放りこむばかりだった。
ところが今日は、並ぶ食材たちがどれも魅力的に見えるのだ。
たこ焼き粉を手に取り、次いで具材を探しに売り場をまわる。

まずはたこたこ。ボイルのやつで、一番大きいのを買おう。
それからエビなんかもいいね。冷凍のやつ、イカも入ってるミックスのやつがいいな。どうせなら具材が大きい方がおいしそうだから、ちょっと高いけどこっちにしちゃおう。
スモークサーモン?なるほど。いいアイディアだな!最後の1パックじゃん、あってよかった。じゃあチーズもほしいね。これでよしと。
あとかつおぶし!これはだいじですよ。花かつおっていうの?へー。いつもは粉みたいなやつしか食べてないけど、これはおいしそうだな。
そんで飲み物飲み物。やっぱりハイボールかね。ビールはうちにあるから買わなくていいよ!ワインもいいなあ。けっこう飲む感じ?だったら思い切ってこっちもいっちゃおうかね。あとはおつまみも、

「なってる」
「え?」
「なっちゃってるよ」

げらげらと笑う友人。
ふとかごの中を覗いてみると、みっちりと詰め込まれた食材と飲み物たち。

「なっちゃってるよ。めし食わせばばあに」

そう言われたわたし、もとい、めし食わせばばあは、くしゃりと顔をしかめ、棚に向けて伸ばしかけた手をそっと下ろしたのだった。

(結果としてたこ焼きパーティーはとても楽しいものとなったし、未だにもう少し食材を買い足しておいてもよかったと悔やんでいるのも事実であることを、深くて暗い穴ぐらの中から、妖怪はここにそうっと申し添えておく。)


さて、夏の暑い盛りが続きますね。台風もどうにかなりそうでよかった。
皆さんも、休みに久しぶりに旧友に会うこともあるかもしれないですね。
もしかしたら、家族や親戚と顔を合わせることもあるかもしれない。

久しぶりに人に会えるうれしさたるや、かんたんには計り知れないものだ。
若い者たちと共に食事をする機会があったら、よろこびもひとしおだ。

そんなとき、皆様がたに置かれては、どうか気をつけてほしい。

そのジュース、ほんとうにひつようですか?
桃までむいちゃって、だいじょうぶですか?
注文が足りないかどうかは、食べてみてからまた考えませんか?

なぜなら、次にめし食わせばばあになるのは、あなたかもしれないのだから……。