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26.カルト家電

 自分が興味を持ってないものを相手から自慢されて反応に困った。誰もがこのような経験をした事があると思う。私的には関東で社畜をしていた頃のOL達のブランドバッグ自慢がつらかった。ルイヴィトン、シャネル、グッチ、プラダetc、私が1ミリも興味が持てない分野だ。多分、現物を見てもどのブランドか判別出来ない気がする・・・ので、ネットで画像検索してみた。Gのロゴのグッチだけはかろうじて分かったが、他は違いがさっぱり分からない。よって、デザイン云々言われてもリアクションの取りようがない。「このバッグは防弾繊維で作られていて、18mの距離から50口径の弾を打たれても貫通しないんですよ」みたいに私の中二心をくすぐってくれる機能が備わってれば褒めようもあるのだが。
 
 しかし、OLのご機嫌を損ねない配慮をするのは社畜の務めだ。「そんなもん、興味ねえよ」なんて本音が態度に出ない様、丹田に気を集中して対応しなければならない。「凄い似合ってるね」とか「お洒落だね」とストレートに褒める手もあるが、私がやっていたのは別の方法だ。「う~ん、何が良いのか分からん。でも、それがお洒落で、しかもめっちゃ高いんだよね。おっさんには分からないなあ」このような対応をしていた。一見、投げやりな感じだが、これには前提がある。当時の私はOL達に対し、「夏はメタルバンドのTシャツ、冬は皮ジャンを着て休日にウロウロしているイケてないおじさん」と言うキャラ設定をしていたからだ。これにより「認識番号さんはブランドバッグのお洒落さが分からなくて当然」と相手が思ってくれると言うわけだ。ちなみに実際の私は「夏はメタルバンドのTシャツ、冬は皮ジャン」だったので、キャラ設定に忠実なイケてないおっさんだったのは否定しようがない。
 
 更にご機嫌を損ねないだけでなく、オシャレさが分からなくても価値は理解出来るかのように振舞い、相手をいい気持ちにさせるのがスマートな社畜だ。そのためにOLちゃんへの返答に「それがお洒落で、しかもめっちゃ高いんだよね」の部分をさりげなく挿入している。「世間一般的に評価されてるんだよね」「そのバッグの値段お高いんですね」と、新しいバッグを褒められたくてウズウズしている彼女の心をくすぐる作戦だ。
 バッグの値段をダイレクトに聞くのも良い。相手によっては聞かれたがってる可能性もある。熱いおでんを一気に口に入れる様を見たら自然と笑みが溢れる様に、こちらが大袈裟に「高っ!」とリアクションすると相手は自然と優越感を感じるものだ。

 こんなのは茶番みたいなものだが、非効率で無駄が多い業務、それゆえに常態化した残業、それを傍観する役に立たない上司、そんな劣悪な環境でOLを敵に回したら詰みだ。なので、社畜の皆様は彼女たちのご機嫌を損なわない様、当時の私みたいなテクニカルな演技を心がけて欲しい。一流の社畜は一流のヨイショスキルを持っているものだ。


 さて、逆を言うと他人が興味を持ちそうなものを自慢するなら話は別。最近、ちょっとした便利器具を購入したので自慢させて欲しい。きっと、皆様も興味津々になってくれるはずだ。その名も「レトルト亭」。ポップアップ式のトースターの要領でレトルト食品を温められる、ニッチさ全開のカルト家電だ。
「パウチをセット、タイマーを回す、出来上がり」天国のエジソンやキテレツ斎様が歯ぎしりして悔しがりそうな画期的発明品だが、購入に至るまでは結構悩んだ。レトルトカレー全般においてある変化がおきていたからだ。


 私の中でレトルトカレーは2つに大別される。まずは新宿中村屋のビーフカレーやゴーゴーカレーのレトルトのように販売価格300円を超える「贅沢品」だ。食べる際は生野菜サラダやスープを用意し、ちゃんとしたディナーとして頂く。毎日毎日つまらない仕事を頑張ってる自分に対してのご褒美と言うやつだ。
 対するのは「日用品」としてのレトルトカレー。とりあえず急いで何か食べないといけないシチュエーションでの栄養補給が目的だ。スーパーで100円台の良心的お値段のレトルトカレーは数多く存在するが、その中でも主力級の活躍を見せてくれているのが実売価格100円~120円程度で販売されているハウス食品の「咖喱屋カレー」、グリコの「カレー職人」、そして大塚製薬の「ボンカレー」だ。その圧倒的なリーズナブルさで私の家計を支えてくれている力強い存在だ。
 最近、この3商品にある変化が起こっていたのに気付いた。いつの間にかこの全てが直接レンジで温められる「電子レンジ対応パウチ」になっていたのだ。私は物臭な性格をしている。湯煎が死ぬほど面倒なので、これは地味に嬉しい変化だった。

 レトルトカレーのレンジ対応パウチの先駆者はボンカレーだった。世界初の市販レトルト食品としてレトルトカレー界のリーダーとして君臨するも、後発の商品にどんどんシェアを奪われ、スーパーの棚から追われたボン。そこで起死回生を狙った乾坤一擲の一手として「レンジ対応パウチ化」に舵を切った。これにより湯煎したり、お皿に移し替えてレンチンしなければならない競合他商品との差別化が図られ、じわじわとシェアを取り戻していき、再びレトルトコーナーの棚へと返り咲いたらしい。そんな記事をどこかで呼んだことがある。「一度落ちた人間が再び成功する」人はそんなストーリーに弱い。いつかハリウッドで「この話は実話をベースにしている」との注釈がついて映画化されそうな感動の話だ。
 
 ボンに追随する形で2015年に「カレー職人」が、2021年に「咖喱屋カレー」がレンジ対応化した。「何もしたくないけど何か食べたい」誰にでもそんな時があると思うし、私はそんな時ばかりだ。場合によっては「息をするのも面倒くさい」と考える時さえある。そんな時でもお皿にご飯をよそい、レトルトカレーをレンジで温める位はなんとか出来る。

 
 このように大手食品会社のレトルトカレーはレンジ対応へ移行している。レトルトパウチを温めるだけのマシーンは時代と逆行するかの如きアイテムである感は否めない。
 カレーだけではなく、パスタソースにも目を向ければ使用頻度が上がり、購入への強い動機付けになるなと思った事もある。最近はパスタは鍋で茹でず、ニトリとか100均で売ってるレンジでパスタを茹でるための容器を使っている。「そんなに湯煎が面倒ならもう外で食うかコンビニで買って来いよ」と言われそうだが、やはりこの時もパスタソースの湯煎が死ぬほど面倒だ。しかし、レトルト亭があればその工程をカットする事が出来る。
 とは言え、パスタで楽をする事を踏まえても1台5,000円もするレトルト亭を買うのはコスト面からいかがなものだろうか。確かにランニングコストはレトルト亭に軍配が上がる。湯煎にかかる電気代はIH調理器で約7円。対してレトルト亭は約1円。その差、約6円。だが、833回は使わないと初期投資を回収出来ない計算だ。更に今後もレトルト食品のレンジ対応化の流れは止まりそうもない。これを考慮すると、キッチンの片隅で埃をかぶったレトルト亭の末路が目に浮かぶ。ここは見送るべきだろう。

 そう思っていた矢先、初めて行った業務用スーパーでハチ食品の「カレー専門店のビーフカレー 辛口」を発見した。何年ぶりの再会だろうか。思わずスーパーの中心で「生きとったんか!ワレェ!」と叫びたくなってしまった。本来はこいつが私の相棒と呼べるレトルトカレーだった。最近はスーパーで見かけなくなっていたので「カレー職人」「咖喱屋カレー」「ボンカレー」を買うようになっていたのだが、まさか業務用スーパーに戦場を移していたとは。
 この商品は昔ながらのレンジ非対応、パウチ剥き出しの状態で販売されているので、レトルトカレー最安値帯の「カレー職人」や「咖喱屋カレー」よりも安い。驚くなかれ、その差はなんと約10円だ。私のような筋金入りの貧乏人から言わせてもらえば、この差はとてつもなく大きい。
 価格も選ぶ理由の一つだが、何よりもその味を愛している。他のカレーと比べてどう違うかと聞かれてもそれを言葉で表現するのは難しいが、敢えて表現しろと言われたなら「優しさを感じないジャンキーな味が唯一無二」だ。
 私が思うに、カレーには大なり小なり優しさという成分が入っている。市販のルーだったらバーモントカレーが一番入ってるし、それで作られたお母さんのカレーは優しさで溢れている。レトルトカレーにも多少のそれを感じるが、「カレー専門店のビーフカレー」は違う。優しさなんか微塵も感じられない攻撃的な味だ。これはきっとハチ食品が日本で初めて国産のカレー粉を製造・発売したメーカーなので、スパイスに拘っているからかもしれない。何故こんなにオリジナリティ溢れるジャンク感を出せるのか詳細は不明だが、おかげで謎の中毒性があって毎日食べても飽きない。
「レンジ非対応のこいつのためならレトルト亭を買っても良いかも」心が揺らぎ始めた。

 それに同メーカーの「メガ盛りカレー」も熱い。じわじわと商品認知度を上げているのか、業務用スーパー以外のスーパーでもたまに見かける。ひょっとしたら世間一般的には「カレー専門店のビーフカレー」よりも有名なのかもしれない。こちらもレンジ非対応。利便さにコストを割かず、量に全振りしてる男らしい逸品だ。
 レトルトカレーは180g程度だが、これは1.5倍以上の300g。誰かとシェアしたり、ご飯をガッツリ盛ってガッツリ食べるのも良いが、個人的には「カレーを飲みたい」と思った時に重宝する。
 普通のカレーを食べる時と同じ量のご飯をお皿によそいメガ盛りカレーを投入。そうして現れるのは辺り一面のカレーの海だ。いつものご飯とルーの比率を100:100とするならこいつは100:166。同じ食材を使ってるわけだが、これくらい分量が違うともう別料理と呼んでいいほどだ。
 いつもより大胆にルーをすくい上げて食べ進めるわけだが、ご飯に対する過剰なルーの多さは非日常的な贅沢感を感じさせてくれる。そうやってラグジュアリーに召し上がっても最終的に大量のルーが残る。そうなったらラーメンさながらにお皿を傾け、ゴクゴクと飲むことになるが、常識では考えられない体験なので一度はトライする価値があると思う。

 こうして「ハチ食品はレンジ対応化しないだろう。だってハチ食品だから」と、根拠なき判断でレトルト亭を購入したわけだが、実際に使ってみると実に便利だ。一般的なレトルトカレーのサイズは180g前後。これを温めるのに7分程度。「カレー専門店のビーフカレー」を温めてる間に冷凍食品のとんかつやハンバーグをレンチンしてからご飯をよそう。レトルト亭のおかげで電子レンジが空いてるからこそなせる業だ。しかし、家のカレーしか知らなかった幼少の頃、初めて街のカレー屋さんや喫茶店でカツカレーやハンバーグカレーを見た時は腰を抜かしたものだが、今となっては素カレーでは満足出来ない体になってしまった。トッピングなんて貧乏人にあるまじき行為だが、最安値のカレーを食べてるので許して欲しい。
 そうこうしているうちに「チーン」と温め完了の音が鳴り響き、カレーをかけてからの「いただきます」だ。煩わしい手間もなく、洗い物も少ない完璧な流れだ。
 それにレンジ対応のレトルトカレーを温めるとレンジの中がカレー臭くなるので家族の不興を買っていたが、レトルト亭導入以降、家族からの苦情は無くなった。
 しかし、こんな優れものを夢グループが扱ってないのが不思議だ。社長の目は節穴なのだろうか。同製品の利便性を夢グループが持つ圧倒的訴求力で消費者に伝える事が出来れば爆発的ヒットが見込まれるのに。まあ、私は5,000円で買ったのに「社長ぉ~、安くしてぇ~」の一言で4,000円に値下げ販売されたらいくら温厚な私でも腸が煮えくり返るので、レトルト亭の販売はご遠慮願おう。今まで通りポータブルDVDプレーヤーをガンガン売るのが夢グループのあるべき姿だ。その際は社長、安くするんだぞ。
 
 何はともあれ、「やはり買って良かったレトルト亭」というやつだ。

 
 さて、長々とレトルト亭の素晴らしさについて熱弁させて頂いたわけだが、正直なところほとんどの読者様が「興味ない」と思われたのではないかと危惧している。それに大の大人が「他のカレーよりも10円安い!」と、レトルトカレーの値段についてしみったれた発言をしている私にドン引きし、気が滅入った読者様もいるかもしれない。もしそうだとしたら寛大な心で許して頂ければ幸いだ。

 まあ、読者の皆様も自慢話は相手を選んでと言う事だ。例えば貴方がスポーティなカーに乗っているとして、加速がどうとか、ハンドリングがどうとか語られても車に興味がない人からすれば「そんなマニアックな事知らんがな」としか言いようがない。どうしても自慢したい時はもっと素人に分かりやすい部分をアピールして欲しい。「ボンネットにマシンガンが据付られている」とか、「赤いボタンを押したらヘッドライト横の発射口からロケット弾が出る」とか、「青いボタンを押すと車がジャンプする」とか。
 そういう中二心をくすぐるものを搭載してないなら自慢は自重した方が良い。何故なら、興味がないものを自慢されても相手は困るし、場合によってはドン引きされるかもしれないからだ。
 
 今回の私みたいに。

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