見出し画像

30.ストロング系酎ハイの闇

 無糖系の商品が増えたせいだろうか、最近の私は糖分がたっぷり入っている飲料がどうにも苦手だ。飲み終わった後、口の中に何とも言えない気持ち悪さを感じる。よってマクドナルドでハンバーガーを食べる時は常にゼロコーラだし、晩酌をする際も糖質を70%オフした高級発泡酒(淡麗グリーンラベル)と無糖の缶酎ハイだ。
 そんな私が先日、近所のスーパーで晩酌用のお酒を買おうとしていたら「氷結無糖」のシークワーサーを発見した。私くらい成熟した酔っぱらいになるとただの家飲み、ただの晩酌にも四季を愛でる風流さを求める。冬には苺、春には桃や葡萄、そして秋頃にはシークワーサーを始めとした柑橘系。そんなそれぞれの季節感を感じさせてくれる期間限定商品を楽しむのが粋な酔っぱらいというものだが、無糖ブームの昨今とは言えまだまだ望みの味の無糖酎ハイはなかなか見かけないもの。そんな中、大好きなシークワーサー味の無糖ヴァージョンにありつける事が出来た。何という幸運だろう。
 
 
 氷結無糖シークワーサーが視界に入ると同時に16BITのCPU(※メガドライブ相当)に勝るとも劣らない私の脳が優雅な晩酌プランの立案に向けて高速処理を始めた。

「入口はいつもの高級発泡酒(淡麗グリーンラベル)なので無難に刺身とかでもいいだろう。問題はそれが終わってシークワーサーに移行してからだ。シークワーサーの本場、沖縄のめんそーれな感じを強く打ち出していくならラフテーだろうが、さすがにこのスーパーには売ってない。豚の角煮で代用だ。レトルトが何種類か売ってたはず。もしあるのなら豚足という手もある。豚肉大好きな島人ライクなチョイスだ。ただ、楽しみにしてたワンピースの新刊を読みながら食べるにはテクニカル過ぎる食べ物だ。読書に集中できなくなるし、豚足につけた味ぽんがはねて本が汚れるリスクもある。いっそ、沖縄から離れて大陸の方に目を向けるのもありだな。野生のカン、もしくは俺の中のゴーストが中華にも合いそうだと囁いている。新宿中村屋監修の四川風麻婆豆腐なら作るのも簡単だし・・・」

 と、幸福な思考が始まった。このように私くらいのベテランドランカーになると飲む前から、買い物の時点でハイになることが可能だ。

 そんなウキウキ気分で氷結無糖のシークワーサーを買い物かごに入れた時、別の商品が目に留まった。シークワーサーの隣に置いてあったその商品の名は「氷結無糖シークワーサー」。
 何を言ってるのか分からないと思うし、私も何が起きているのか分からなかった。頭がどうにかなりそうだった。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなものでは断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・

 まあ、答えを言うと味は同じでアルコール度数が違う商品が並んでいたわけだ。氷結無糖シークワーサー4%、氷結無糖シークワーサー7%といった具合に。
 私が最初に見つけたのが度数4%。スタンダードなアルコールレベルの酎ハイだ。そして後からみつけたのがいわゆるストロング系酎ハイ。アルコールを盛った完全上位互換モデルだ。

 その別商品を見た瞬間に一気に気持ちが萎えてしまった。ストロング系を好まない私はしばらく思案した後、かごの中のやつを棚に戻してからいつも飲んでる「氷結ZEROシチリア産レモン」を代わりにかごに入れた。この商品は4.5%のやつしか売っていない。そして寂し気に売り場を立ち去った。きっと他のお客さんから見た私の背中には哀愁が漂っていたに違いない。
 
 筆者がなぜこのような行動をとったのか?それは同じテイストにアルコール度数が低いやつと高いやつが存在し、それらが同一価格だったからだ。これだと同じ値段なのにアルコール度数が低い方を選ぶ私が損をしているみたいではないか。器の小ささに定評がある私からすれば今回のケースだと7%を買った人と比べて相対的に3%のアルコールを損した計算になる。これがちょっと腹立たしい。
 ストロング系の酎ハイはアルコール量に応じて酒税を上げるべきだ。それが真に平等、公平な社会。そうなってもらわないと心安らかにお酒売り場で買い物なんてできやしない。

 ついでなのでアンチストロング系の筆者から読者の皆様にやつらの危険性を警鐘しておきたい。ストロング系はアルコール度数の高さの割には甘くて口当たりがよいのでついつい飲み過ぎてしまう。ゆえに毎日そいつをグビグビ飲むのはアルコールの過剰摂取につながり健康によろしくない。何かしらの対策、何かしらの規制が必要ではないだろうか。
 それに世間的にイメージが悪い。我々のようなスタイリッシュな人種が飲む代物ではない。ジュリエットだってロミオがストロング系をグビグビ飲んでる様を見れば一瞬で冷めるだろう。そうなれば百年の恋も終わりだ。そういう意味でも非常に危険な飲み物だ。

 と、憎悪剥き出しでストロング系酎ハイをディスってみたわけだが、私を昔から知ってる方がこれを見たらきっとこう言うだろう。

「いやいや、貴方ストロング系酎ハイばっかり飲んでたじゃないですか」と。
 
 実際、そう言われたら何も言い返せない。2008年に麒麟麦酒が「氷結ストロング」を発売したと同時に愛飲者となった、いわゆるストロング酎ハイ第一世代だ。若手の社畜だった当時の私の要求に氷結ストロングは見事に応えてくれた。何故、当時の私にそれが必要だったのか?まずはそれが持つ圧倒的なコストパフォーマンスが挙げられる。

 30代前半の社畜はまだまだ食べ盛り、そして飲み盛りだ。しかし、私が勤めていた年功序列型の企業から頂く毎月の給料はまだまだ安かった。ジリジリと昇給してきたおかげで20代の頃の様に「給料日まで耐えられるのか?」とか「ボーナスは前年と同じ水準で支給されるのか?もし下がってたらマジでヤバイ」みたいなシリアスな日々を過ごす状況からは解放されていたが余裕らしい余裕はない。更に外食オンリー、お酒をがぶ飲みしていた私の家計のエンゲル係数は日本の平均値である20%台前半から10%以上上振れするという問題を抱えていた。「もういい歳した大人だから毎月の貯金額増やさないと。でも、毎日しっかりアルコールを摂取したい」。そんな悩みを「氷結ストロング」が解決してくれた。まさに大恩人だ。

 当時の私の飲酒量は「平日はビール2リットル」、500㎖缶が4本必要だった。対して平均的アルコール度数が4~5%であるビールの倍、度数9%という高スペックを誇るストロング系ならたった2本ですむ。更にストロング系は高級発泡酒よりも遥かに安くて1本180円程度。一晩に必要な2本で360円だ。高級発泡酒は近所のドラッグストアで500㎖6缶パックが1,400円くらいだった記憶があるので1本あたり約233円、4本で930円程度なので1日あたり570円のコスト削減が可能となる。まさにその経済効果たるや絶大だ。
 そしてそのコストパフォーマンスは経済的メリットのみならず、「普通の人よりも得をしている」という謎の優越感も与えてくれる。精神的にも良い飲み物だ。

 このようにストロング系の素晴らしさを語るうえでコストパフォーマンスは外せないが、それと同様、場合によってはそれを上回るメリットもある。社畜という限界生活ではストロング系だけが提供可能なタイムパフォーマンスというメリットだ。今、若い人たちの間で「タイパ」なんて呼び方でもてはやされているらしいが、どうやら私の晩酌スタイルは時代の先を行っていたようだ。

 社畜の朝は早い。そして社畜の帰宅は往々にして遅い。一日の平均残業時間が3時間であった当時は下記のような生活をしていた。

07:00 起床。コーヒー飲みながらタバコを吸ってからシャワーを浴びる。
07:50 出勤
08:45 会社に到着
09:00 始業時間
18:00 退勤時間。言うまでもなくこの時間に帰れるのは稀。残業突入
21:00 退勤
22:00 自宅最寄り駅に到着。脇目も振らず牛丼屋へ向かう
22:30 帰宅。シャワーを浴びたり洗濯機を回す
23:00 晩酌開始

 日々、社畜はこのような過酷なスケジュールを過ごしている。まあ、これはあくまでも平均なので場合によっては24時から晩酌が始まったり、もっとひどい時は01時過ぎからスタートする事もある。そうなると睡眠時間の確保が問題になってくる。睡眠を疎かにしてはいけない。だが、晩酌を疎かにするわけにもいかない。会社では上司と後輩の間で板挟み。家に帰ったら睡眠と晩酌の間で板挟み。社畜とは実につらい生き物だ。

「すぐ寝れば8時間しっかり寝れるじゃないですか?」そんな声が聞こえてきそうだが、当時の私が聞いたら顔を真っ赤にしてこう言うだろう。「そんな殺生な。働いて喰って寝るだけの生活なんて動物以下じゃないですか。好きな漫画や小説、映画を楽しみながら晩酌し、ほろ酔いになってからベッドに行くくらい許して下さいよ」と。

 そうなればダラダラ飲まずにサクッと飲み、そしてサクッと寝るのが理想だが、そんなのはあくまでも理想論や机上の空論に過ぎない。普通のお酒を普通のペースで飲んでいても酔うまでに結構な時間がかかるという問題が常に社畜の晩酌にはつきまとう。
 筆者調べではあるが500㎖のビールや高級発泡酒、酎ハイを飲むには1本あたり約30分程度の時間を要する。つまり4本の高級発泡酒を飲み干そうとするなら2時間必要。23時からスタートしたとしたら01時に完飲する計算だ。そうなると07時起床なので睡眠時間は6時間。おかげで出来れば一日に10時間は寝たい体質の私は慢性的に睡眠不足だった。
 確かにバカ大学のバカサークルがやるようにイッキを交えたハイペースなら1時間以内に完飲するのも可能だ。私もバカ大学のバカサークルで鍛え上げられていたのでハイペースな飲み方は体に馴染んでる。しかし、さすがに晩酌というリラックスタイムでそんな飲み方はしたくない。そんなの常軌を逸している。常軌を逸しているのは労働環境だけにして欲しい。
 だが、ストロング系ならアルコール2倍。ゆえに普通に飲んでるペースなのに2倍の速さで酔える。たった2本飲むだけなので23時からスタートしても日付が変わる頃にはほろ酔いだ。その日あった使えない上司の尻拭いなんて嫌な記憶もたった一時間の飲酒で綺麗さっぱり忘れてぐっすりと眠れる。おかげで高級発泡酒を飲んでいる頃は6時間だった平均睡眠時間も7時間に増加。なんと健康に良い飲み物だろうか。
 
 ついでにゴミ出しも楽になった。平日に1日4缶のペースで飲んでいたら週末には台所に空き缶の山が出来上がってしまう。しかし、ストロング系なら半分のペース。週末の片付けも楽だ。ついでに言うと使用されるアルミの量も半分。なんと環境に良い飲み物だろう。

 このようにストロング系酎ハイばかり飲んでいたわけだが、やがて別れの日が訪れる。例の如く私自身の老化が原因だ。この経年劣化した肉体、及び肝臓でストロング系を飲んだら昔みたいにゆっくりとほろ酔いになるどころかそれを飛び越えて一気に泥酔手前に持って行かれてしまう。そうなると私の晩酌にかかせない漫画や小説もとても読めたものではない。酔って理解力が浅い状態で読んでるとすでに登場しているキャラクターに対して「あれ?主人公と顔見知りっぽいけどこんなの出てきたっけ?」なんてページを巻き戻して二人が出会ったシーンを探すことになる。それに酔ってるのに活字を読む作業自体が拷問に近い。そんな状態で小説、ハンターハンターとかゴルゴ13のようにセリフや説明文が多い漫画を読んでると悪酔いがエスカレートだ。

 こうしてストロング系を酎ハイを泣く泣く卒業したわけだが、先にも述べたように私の器は極めて小さい。自分より得をしている人が存在しているのが癪に障る。あれだけ若い頃にストロング系をガブガブ飲んで得した気分を味わったのだから「若いうちはストロング系飲むとお得だよ。ただし、節度を守ってね」と若人に優しい言葉の一つでもかけてやるべきだろうが、出てくるのは優しい言葉どころか「高いアルコール度数なのに値段が同じとか不公平だろ!度数に応じて課税すべきだ!」と悪態をついてしまう始末だ。昔の自分を棚に上げて現状に不平不満。どうやら大人の階段を登り切った私が次に登るのは老害の階段らしい。

 
 今回は私の中に蠢くドロドロとした感情を吐露させて頂いたわけだが、おかげで「ストロング系酎ハイの闇」よりも「ストロング系酎ハイを憎む私の中の闇」というタイトルが適切と思われる内容になってしまった。きっと読者の皆様の中には「なんてケツの穴が小さい人なんだろう」と思われた方もいらっしゃるだろう。確かにそう言われても仕方がないほど私は人として小物だ。それにそれとは真逆、「ケツの穴が大きい人ですね」と言われたいわけでもない。そんな事言われてもリアクションに困るし、何となく複雑な心境になってしまう。よって、「器が小さい」との批判は甘んじて受け入れようと思う。

 とりあえず、老害の戯言でモヤモヤした感じになった読者様は晩酌でもしてスカッとした気分になって欲しい。アルコールさえ入れば嫌な記憶も綺麗さっぱり忘れてぐっすりだ。ただ、晩酌時の約束事だけはきっちり守ろう。

「ストロング系はダメ!ゼッタイ!!」

 

いいなと思ったら応援しよう!