10.欲望の街 新宿・後編
【前回までのあらすじ】・・・新宿中村屋でチキンカレーを食べるためには先ず、広大な新宿駅構内を抜けJR新宿東口を目指さなければならない。しかし、天性の方向音痴のせいでいつだって迷子。歩き疲れ、腹も減ってたので、構内の飲食店の誘惑に負けてばっかだったよなあ。新宿って怖いなあ。都会って怖いなあ。
それでは、今回も張り切って参りましょう。
そして舞台は地上へと移る。どうしてもJR新宿駅東口への行き方が分からないので、とりあえず新宿駅構内から出てみようと適当にエスカレーターやエレベーターに乗って地上への強行突破だ。
まあ、新宿駅構内から地上に上がる出口なんて無数にあるので、地上に上がったからといって、中村屋まですんなり行けるかと言えばそれは間違い。「急がば回れ」という諺があるように、安易な地上への脱出は事態を悪化させる事の方が多い。なんたって新宿、星の数ほど飲食店がある。地上に出た瞬間、目の前に魅力的な店が・・・なんて事はザラだ。そして私は意思の弱さに定評がある。新宿中村屋のカレーを食べに来てるので「腹減ったからどこでも良いや」とはならないが、逆に言えば「ここなら良いや」と自分に嘘をついて妥協する事は多々ある。
新宿駅の東側という点では正しいものの、ちょっと東南に行き過ぎた座標で地上へ上がると、もう中村屋は諦めざるを得ない。待ち構えているのはゴーゴーカレー、言わずと知れた金沢カレーの名店だ。真っ黒いビジュアル、スプーンではなくフォークで食べられる粘度の高さ、添えられた千切りキャベツ。バーモントカレーしか食べた事がない人からすれば驚愕、場合によっては不安に苛まれそうなブツだ。天下一品のこってりラーメン(※天下一品については以前記事を書いてます。是非、ご一読のほどを)同様に、これは完全に好きか嫌いかの二択になる。苦手な人は二度と食べないし、ハマる人はとことんハマる。もし、貴方がゴーゴーカレー童貞ならば、是非店舗で試してもらいたい。最近はゴーゴーカレーのレトルトカレーをスーパーで見かける事も多いので、近隣に店舗がなければそれを試すのもありだ。筆者の感覚だが、ゴーゴーカレーのレトルトは味、粘度ともに再限度がかなり高い。特に粘度に関しては素晴らしいの一言だ。読者の皆様はレトルトカレーの中身を湯煎せずに出した事はおありだろうか?湯煎してないレトルトカレーはゼリーを彷彿とさせる半固体感だが、ゴーゴーカレーのレトルトはちゃんと温めてもそれに近い。ご家庭でもあのドロドロ感を楽しめるのだから良い時代になったものだ。
そして問題なのは東口東南にあるその店舗だ。その店舗の名は「ゴーゴーカレー新宿総本店」。ジャンクフードマニアは「聖地巡礼」と称し、本店へ行くことをやたらと有難がる。前編で「ジャンクフードマニアは『食べた事あるマウント』を取りたがる」とお話しさせて頂いたが、彼らは「聖地巡礼マウント」も取りたがる。「ゴーゴーカレー新宿総本店、行ったことありますよ。ゴーゴーカレーの歴史がここから始まったかと思うと、実に感慨深かったですね」と、例の如く上から目線になれる。
東口東南という最悪な展開を避け、西口に出たとしよう。西口には「新宿思い出横丁」という、真昼間からおっさんたちが立ち飲み屋で酒を飲んでクダを巻いてそうな素敵スポットが存在する。私や友人も真昼間から酒を飲んでクダを巻くタイプなので、その辺りだけは妙に土地勘があった。そして、西口から東口は余裕で歩ける距離だ。なので、一見チャンスっぽい。だが、土地勘がある事は見事にピンチへと変わる。思い出横丁で飲んだ後、締めのカレーによく利用するゴーゴーカレー新宿西口店が近くにあるからだ。
「またゴーゴーカレーかよ」と言われそうだが、当時の私の生活圏にはゴーゴーカレーがなく、「ゴーゴーカレーと言えば新宿西口で食べるもの」という習慣が身についていたのでしょうがない。西口付近をうろうろしているだけでパブロフの犬さながらに「新宿西口だ!GOGO!!」と、新宿西口店を目指してしまう。条件反射とは実に怖ろしいものだ。
※・・・この記事を書くにあたり、新宿総本店と新宿西口店の場所をネットで確認したら、両店舗とも閉店していた。実に悲しい。今までありがとう。そして、さようなら・・・
幸運の女神が微笑みかけ、間違いを犯すことなくJR新宿東口で出られたとしよう。ここまで到達したのだから、新宿中村屋はもう目と鼻の先だ。しかし、ここで怯んでしまう。田舎者は渋谷ではハチ公、新宿では東口交番を待ち合わせ場所にしたがる習性があるので、「人が蟻のようだ」と言いたくなる程の人混みでうんざりしてしまう。そして、新宿に行くのは大体週末だ。「こんなに人がワラワラといるのに、週末の新宿中村屋が混んでないなんてあり得るのか?」と、疑心暗鬼になってしまう。何故なら、私は待つのがとにかく嫌いだからだ。
仲間内では順番待ちが大嫌いな男として知られている。行列商法なんて意味不明、何が楽しくてわざわざ並ぶのだろう?彼女から「ディズニーランド行こう?」と誘われても、「アトラクションで並ぶの嫌だから富士急ハイランドにしない?日本で一番高いジェットコースターもあるからディズニーランドより楽しいよ」と、堂々と返せるほどだ。そんな私が週末の昼時のレストランに・・・考えただけでもげんなりしてしまう。
そうなると、もっと客の回転が速い業態に逃げたくなる。そしてこれが中村屋への最後の罠、ラーメントラップだ。新宿はラーメン屋だらけなのだが、JR新宿東口には私の好きなラーメン屋が集まっている。
力強いやつを食べたいのなら桂花ラーメン、肥後もっこす(※熊本弁で「頑固者」を意味するらしい)達が愛する熊本ラーメンの有名店だ。「もう、新宿関係なくね?」と言われそうだが、そんな読者の皆様の厳しい突っ込みも無視してしまえるほどのお気に入り、マイ・フェイヴァリットラーメンの一つだ。スープは濃厚な豚骨ベース。それだけでパワフルなのだが、それに馬油が掛けてあり、更にニンニクチップが入っている。実にバイオレンスなラーメンだ。トッピングされている茎わかめも実に良い仕事をしている。
これも天下一品と同様に食べる側を選ぶラーメンだ。私の様にラーメンにヘヴィネスさを求めるタイプの人間には抗いがたい魅力を持つ逸品だ。熊本ラーメンはラーメン業界の中ではニッチな存在なので、概ね支店が多い関東で食べるか、本場火の国熊本で食べるかの二択になるが、どちらも行くことが出来ない方には桂花のカップ麺がある。お世辞にも再現度は高くないが、熊本ラーメンの概念は理解出来ると思うので、興味がある人は食べてもらいたい。
もちろん、「桂花みたいなヘヴィなやつはちょっと・・・」な気分の時もある。だが、ここは新宿だぜ。あっさり系のラーメンも当然充実している。また新宿と無関係で恐縮だが、私の一押しは「どうとんぼり神座」、大阪の有名店だ。何系のスープと聞かれても答えられない。強いて言うならば「優しい系」だろうか。ベースが何なのか分からない優しい味のスープに白菜と豚肉。いつ食べてもほっこりとした気持ちになれる。これを嫌いな日本人なんかほとんどいないと思える、最大公約数的においしいラーメンだ。
私は関西人ではないのでよく分からないが、関西におけるソウルフードの一つらしく、大阪出身の会社の先輩に「この前、新宿で神座食べてきました。めっちゃ美味しいですね」と言ったら、「いや、店が増えて味が落ちたよ。大阪にしか店舗がない時代はもっと美味かったね。それに昔はスープが入った寸胴に鍵を掛けてたんだよ。そうやって味が盗まれない様に徹底した管理をしてたんだけど、関東にもお店が出来てからは云々・・・(※先輩は関西弁でこの10倍くらい熱弁されてました)」と一気呵成に捲し立てられた。関西人の触れてはいけない部分に触れてしまったのかと思ったのだが、地元の名店が全国展開すると古参の常連がケチ付け始めるのは良くある話だ。これはある種の「俺は有名店を昔から知ってるぜマウント」の一つだ。私も通ってた店が全国展開した時には散々けなしたものだ。それは愛情の裏返し、もしくは謎のジェラシーだから温かい目で見てあげよう。あと、ネットで調べてみたら、神座は今でも味を盗まれないように厳重な管理をしているようだった。「先輩、間違ってますよ。今でも神座は徹底した管理を・・・」とは、怖くて言えない。
このように、JR新宿東口に無事に辿り着いたとしても魅力的なラーメン達が立ちはだかる。
そしてここで真実を明らかにしよう。今まで散々お話ししたように私は極度の方向音痴だ。最初に新宿の地へ足を踏み入れたころはスマホなんてものは存在しない。今だったらグーグル先生に道案内してもらえばいいのだが、当時はガラケーでiモードだ。知らない店舗を探すだけで一苦労だ。
新宿駅構内を抜けるだけで疲労困憊、空腹絶頂、更に順番待ちで並ぶリスクも避けたい上に、方向音痴がガラケー片手に・・・そんな絶望的な状況で中村屋を探し出す事が出来るだろうか?
そう、結局一度も新宿中村屋に辿り着けなかった。
今更言ってもしょうがない事だが、新宿の地理に明るい友人に「〇〇線の〇〇改札前に来て。そっから新宿中村屋まで案内して」と頼めばよかった。今は地方に住んでいるので、簡単に新宿へは行けない。行けるとしてもあと何回だろう。だが、死ぬまでに必ず新宿中村屋へ行き、純印度式カリーを食したいと思う。そしていつの日か、読者の皆様に新宿中村屋のチキンカレーの味と、謎のキャッチフレーズ、「恋と革命の味」とは一体何なのかをお話し出来たらと思う。
例えば、こんな感じの上から目線で。
「えっ?マジで新宿中村屋食べた事ないんですか?チキンカレーの名店だから一度は食べないと。そうですね、『百聞は一食に如かず』って言うし、食べた事ない人に伝わるか分かりませんけど、一口食べた瞬間に『恋と革命の味』が口中に広がって・・・」