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夢・異界・神隠し

さて、ここで神隠しの三つのタイプを思い出そう。まず、その三つのタイプのうちで民俗社会における典型的な「神隠し」とみなされていたのが「神隠しA型」であったことを思い出していただきたい。
「神隠しA型」とは、失踪者が発見されるケースである。このケースは二つのタイプがあって、帰還者が失踪中の体験を語る場合とまったく失踪中のことを覚えていない場合とがあった。これをA1型とA 2型とここで名付けたわけであるが、私たちがもっとも理想的な神隠しと考えたのは、A1型であった。なぜなら、A1型の神隠しでは、失踪者がなんらかの形での異界体験を断片的にであれ語ってくれるからである。つまり、神隠しのリアリティーは、A1型の神隠し体験者によって支えられているのである。
というのは、「神隠し」というヴェールに、A1型の神隠しは異界の様子を映し出してくれるからである。たとえ真相はたんに山のなかや町のなかを歩いていただけであっても、失踪者自身は人々に異界を訪問してきたと語っているのである。彼は異界訪問をしてきたのだ。
ところで、これまでの考察で浮かび上がってきたのは、こうしたA1型の神隠しは、夢と深い関係があるということである。異界は夢を通じてその存在が確認され、保証されていたといっていいのではないだろうか。
A1型の神隠し事件の神隠し体験談は、ほとんどが夢か幻を見ていたような内容の話である。たとえば、柳田国男に徳田秋声が語ったという、秋声の隣家の青年の異界体験は、青年のみた夢であったともいえる。愛知県北設楽郡本郷町の青年の体験した異界もおそらく青年の夢のなかのことであろう。彼らは夢をみていたのだ。夢こそが異界への通路であり、異界の存在を示す場であった。
『神隠しと日本人』小松和彦著

この『神隠しと日本人』は三十年ほど前に刊行されたものだが、中で夢について言及されているので、どうも捨て置けないという気がしてならない。だから少し深くまで分け入ってみるとしよう。

著者の小松氏がここでいう「柳田国男に徳田秋声が語ったという、秋声の隣家の青年の異界体験」とは柳田国男の『山の人生』にある次のような話である。

石川県金沢市の浅野町で明治十年頃起こった出来事である。徳田秋声君の家の隣家の二十歳ばかりの青年が、ちょうど徳田家の高窓の外にあった地境の大きな柿の樹の下に、下駄を脱ぎ捨てたままで行方不明になった。これも捜しあぐんでいると、不意に天井裏にどしんと物の堕ちた音がした。徳田君の令兄が頼まれて上って見ると、その青年が横たわっているので、背負うて降ろしてやったそうである。木の葉を噛んでいたと見えて、口の端を真っ青にしていた。半分正気づいてから仔細を問うに、大きな親爺に連れられて、諸処方々をあるいて御馳走を食べてきた、また行かねばといって、駆けだそうとしたそうである。尤も常から少し遅鈍な質の青年であった。その後どうなったかは知らぬという。

また小松氏が「愛知県北設楽郡本郷町の青年の体験した異界」と言っているのは次のようなものである。

約五十年ばかり前の晩春のこと、同所の小作といふ青年、十五六歳であつたが、生来遅鈍の性質であつた。一日家を出たまま、行衛を失ってしまつた。それが翌朝早く、西貝津(にしげいと)といふ家の門口を明けて「おあがりかへ」と声をかけて還つて来た。家人が出て見ると、小作はそこにぼんやりと突立つて居たそうである。蓋(けだし)「おあがりかへ」といふのは、この地方の挨拶である。
小作の語る処に依ると、村の「こぬた」といふ山へ行くと、そこの松の樹の根元に、二人の男が立つて居て、こいこいと手招きをするので、これに随いて行つたといふ。初めは山を越えて、御殿村月の御殿山に行つて遊び、更に振草村平山の明神山にも登つて遊んだ。途中粟代の街道へ出て、同道橋のあたりも通つたことを記憶して居た。一人は鼻が高くて、名を「きち」といふ天狗さんであつた。天狗は懐中に一筋の縄を所持して居て、之を取出して行手を投げると、それが道となり橋となつて、以下に嶮岨な山谷も自在に歩行が出来た。そして小作は空腹になると、道で苺を採つて食つた。
一渡り方々の山を廻ると、薬師と天狗に送られて帰つて来た。恰も中在家の隣村である、三ツ橋の薬師堂の上の、山のほつ迄来ると、之からは一人で行けと言はれて二人に別れた。折柄小雨が降つて居て、振り返つて見ると、蓑を着た薬師が先に立つて、雨の中を上の方へ登つて行つた。小作はそれから程近い西貝津といふ家へ入つたのである。
尚本人が還つて来て、「おあがりかへ」と声を掛けると同時に、ザーッといふ鷹の羽音のやうな響を、家の者が聞いたといふ。それで或は神様が、それ迄送つて来たもので、家人に小作を引き渡すと同時に、立去つた、その羽音だろうと云うたさうである。
(「神隠しの類例五ツ」
『郷土研究』五巻一号、一九三一年 『神隠しと日本人』より)

このような神隠し譚にあるようなケース、すなわち失踪者が発見されてもといた民俗社会に戻ってきて、その体験内容を周囲に語るケースを小松氏は神隠しA1型、と分類するわけである。A2型というのは、失踪者が発見されて民俗社会に戻ってきながらも失踪中のことを何も覚えていないようなケースで、さらにB型は、失踪者の家人や村人が総出で当人を捜すが発見に至らないケース、C型の場合は失踪者が遺体で発見されるケースを言う。

小松氏は本書の中で、神隠しの謎解きをしているわけではない。神隠しとは実はただの家出であるとか、誘拐や殺人事件であるとか、あるいは自殺であるとか、個別のケースに当たってそのような「真相」を明らかにしようとしているのではない。著者はここで「神隠し」という、失踪事件に対して民俗社会が用意する「ヴェール」の構造を腑分けし、詳らかにしているのである。

〈二人の少年が学校から帰る途中、連れ立って近くの山に枯れ草を採りに出かけた。その途中で、一匹のきねずみ(栗鼠)が飛び出したので、二人で協力してこれを打ち殺した。二人はその死骸を現場に放置したまま帰って来て、その顛末を家人に語った。翌日は土曜日で、学校が早く終わったので、食事をすませると、二人は午後二時頃、昨日と同じように枯草を採りに出かけた。あまり遠くない山なので、遅くとも二時間もあれば戻って来るはずなのに、五時になっても六時になっても戻らない。心配した家人が近所の者に頼んで捜したが、姿を見かけた者もないという。ついに手分けして山から二人が好んで遊ぶ場まで調べつくしたが見つからない。そのうちに、山へ捜しに行った一隊から報告が入った。山の草置場の道の真ん中に、草の束を結びつけた状態の二人の背負板があった、と。そうこうするうちに、その山の近くで働いていたという木挽から新しい消息が届いた。夕暮れ近くに、ふっと向こうの山を見ると、二人の少年が声をあげて草むらを縦横に駆け回っていた。その二人が行方不明の二人であろう、と。その頃までは二人はそのあたりで遊んでいたわけである。前後を判断して、そこから遠くへ行っていないだろうと、今度はその付近の木立や草むらを克明に捜し回った。夜の十時頃になって、近くの古い炭焼窯の崩れのなかに、枯草の束が積んであるのに気づいた者が、不思議に思ってそれを取り除いてみると、そのなかに二人がしっかり抱き合って、前後も知らず眠っていたのを発見したという。
(早川孝太郎「神隠しの類例五ツ」『郷土研究』五巻一号、一九三一年)〉
…ここまで読むかぎりでは、二人の少年の数時間の失踪は、少年が遊びくたびれて干し草のなかで寝込んでしまったために生じた、よくあるような事件として片付けられるものであろう。
ところが、二人を家に連れ帰っていろいろと尋ねてみたのだが、その内容がさっぱり要領をえなかったのだ。二人の断片的な記憶を総合すると、およそ次のような状況を想像することができた。前日、きねずみを打ち殺したところで、二人はまたもや一匹のきねずみを見つけたので、二人でそれを追い回しているうちに、あちらこちらの草むらからたくさんの同じようなきねずみが現れて逃げ回るので、前後もわからなくなりどことも知らず眠り込んでしまったらしいのである。二人は炭焼窯のなかに入ったことも、上から草束をかけたことも記憶にないという。
早川孝太郎は、この記憶を喪失しているところが「不思議と言えばこれが不思議である」と、そこに「神」の介入の可能性をかすかに示唆しているのだが、炭焼窯の崩れのなかに入り込んで、枯草を敷き、その上を枯草の束でおおうというのも、考えようでは、「子供らしい行為」であるとも考えられている。どちらかといえば「神」の介入に対して懐疑的な態度を取っているといえよう。もし、少年たちが失踪中にはっきりと「神」と接触する体験をもったということを語れば、早川孝太郎もこの失踪事件を明らかな神隠し事件と記述したであろう。しかし、どうもそうした「不思議」や「神」の介入の気配が少しもないと考えた早川は、枯草を取りに行った少年たちがきねずみと遊んでいるうちに遊びつかれて、枯草で寝床を作ってそこで寝てしまっただけの事件である、と判断したようである。
ところが、その程度の事件であったにもかかわらず、村の人びとの判断ではこの事件を「狐」による神隠しとして、つまり狐に化かされたのだ、と判断してそう噂し合ったというのだ。早川はこのことについて、「その場所は、くだ狐が出て化すと、噂のある地点で、くだ狐ときねずみと間違へ」て、この失踪を狐による神隠しと噂し合ったのだろうと推測している。
ある意味で、人びとは失踪事件があると、神隠しにしようと待ちかまえていたのだ。したがって、その事件に少しでも「不思議」と思われることがあれば、それを手がかりにして人びとは神隠し幻想をふくらませる。

民俗社会は、どのような形であれ、村人の失踪事件があると、神隠しという解読格子で現象を理解し、あたかも「待ちかまえていたように」神隠しという物語のなかに事件を回収してしまう。そして約束事でもあるかのように仔細に至るまで定型の解釈パターンに従って描写がなされ、周囲に、また後世に語り継がれる。著者はこの定型の解釈パターンを「ヴェール」と呼び、それを解剖して、神隠し幻想の本質を垣間見せてくれるのである。

ところで小松氏は、神隠しA1型における当事者の体験談は夢だと言っている。失踪者は一人で、あるいは見知らぬ修験者や木挽と山を歩き回ったり、しばし一緒に過ごしたというだけのことなのかもしれない。しかし、彼らにとってはそこは異界であり、神々に導かれて山中異界を彷徨したのである。あるいは狐に化かされて異界に導かれてしまったのである。それはあたかも、寄り合いから酔っ払ったまま帰途にある村の男が狐に化かされ、家に帰り着き風呂に入ったつもりで、肥溜めに浸かっているようなものであろう。彼らは、ある種の睡眠障害や泥酔状態にある時のように、身体行動を伴った夢を見ていたのか。あるいは失踪中に山中などで眠り込んで天狗や鬼や狐が登場する夢をみたのか。

ここでわたしが言っていることは、民俗社会の側ではなく、神隠しA1型失踪当事者の側における神隠し幻想の問題である。本書では、この失踪当事者の夢としての神隠し幻想について詳細に論考されているとは言えないようだ。そこでここでは民俗社会の側からではなく、夢解き思考の側から神隠し幻想を紐解くことで、本書の内容を捕足してみよう。というのも失踪当事者の夢としての神隠し幻想と民俗社会の側における解読格子としての神隠し幻想の関係は、夢とその解釈の関係に相似しているからである。

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極期に達すると、頭の中の考えも外界の印象も、無数の意味のきれはしと結びつき、頭の中で乱舞して、考えはまったくまとまりを失う。体もバラバラになった感じがする。皮膚に異様な感じがして、服など着ていられない。電波がからだにかかっているような感じがする。世界中のものがいっせいに叫び出したような感じがする。耳をふさいでも追っつかず、いてもたってもいられない。恐ろしいようで、恍惚としたような感じ、夢のなかのようでいて、極度にさめている感じである。世界のことは、全部わかってしまったようでもあり、世界全部が謎のようでもある。このような状態から抜け出せずにいると、自分が何者か、まったくわからなくなる。〇〇という名で呼ばれている一個人にすぎないという実感がなくなる。男か女かさえわからなくなることがある。特別の人間、神、不死の人と思うこともある。万能の人間のようでもあり、同時にまったく無力で操られっぱなしのようでもあると思う。
これら異様な感じのなかで、統合失調症にしか現れないものは、実は全くといってよいほどない。出産直後や重い身体病のときに起こる、精神病状態にもそれは起こる。ただこれらを山での遭難にたとえるなら、統合失調症の人は、平地で遭難する人ということができよう。(中井久夫『統合失調症をたどる』)

神隠しA1型の失踪当事者の体験談を、小松氏が言うように夢であると仮定してみたとして、それはどのように見られた夢なのか、とまず問うてみる。神隠しにおいて失踪者は身体行動を伴った夢を見ていたのか。それは睡眠時遊行症(夢遊病)のような睡眠障害なのだろうか。
夢は無害な精神病である、とフロイトは言ったが、それは身体行動を伴わないから、であった。夢の中では何事も可能である。社会の規範を侵すようなことも、性的な願望を満たすことも。しかし、そんなことが可能なのは、すべては身体行動を伴わないという条件があってのことである。とすると、身体行動を伴った失踪事件の当事者は何らかの疾患の一種、つまり睡眠障害ということになるのだろうか。

あるいは、彼らは、知らぬ間に山中に彷徨い入って、大木の根元ででも居眠りして、天狗の夢を見ていたのか。しかし、これも山中へ歩いていくという身体行動が伴っているがゆえに、単純な夢見とは言えないようだ。

ここでもう一つ考えられるのは、失踪者は一種の憑依様状態にあった、ということである。失踪者は、今で言う統合失調症の急性症状やシャーマンのトランス状態に類比されるような高揚した律動的時間性のうちで目覚めつつ夢を見ながら異界を彷徨したのである。

上に引用した精神科医の中井久夫氏が素描した発病期の統合失調症患者の内面の様子には、神隠し幻想を考えるうえで多くのことが語られているように思える。例えば「まったく無力で操られっぱなしのようでもあると思う」という記述は、夢見る意識で天狗のような隠し神に強制的に連れ回されていると思い込んでいる神隠し当事者を連想させないだろうか。彼は自分の意思で動いているのだが、自己統覚感の欠如から、自分の行動を何者かに操られている、という作為体験として感ずる。彼等の夢見る意識はそれを天狗によるものと表象しているに違いない。そしてこれと同時に「万能の人間のようでもあり」という箇所は、天狗に連れられて空を飛び回った、という神隠し当事者の体験談を思い起こさざるを得ない。天狗に背負われて当事者たちは周囲の山々の上を飛び回り、聞いたことしかない都市の上空を旋回することもある。彼らの万能感が、夢の中で空を自由に飛び回る体験に類比変換されたのである。

また「夢のなかのようでいて、極度にさめている感じである」という言葉は非常に重要であると思われる。当事者は夢見る意識、すなわち何もかもが兆候として、象徴化して感知されるような夢の意識に侵犯された現実意識の状態にある。身体行動を伴ったまま夢を見ているのである。

さらにここにある「出産直後や重い身体病のときに起こる、精神病状態にもそれは起こる」という記述は、柳田国男の『山の人生』の次のような一節と符合するところがあるのではないだろうか。

天野信景翁の『塩尻』には、尾州小木村の百姓の妻の、産後に発狂して山に入り、十八年を経てのち一たび戻ってきた者があったことを伝えている。…一旦は昔の家に還ってみたが、身内の者までが元の自分であることを知らず、怖れて騒ぐのでせん方もなく、再び山中の生活に復ってしまったというのは哀れである。
 明治の末頃にも、作州那岐山の麓、日本原の広戸の滝を中心として、処々に山姫が出没するという評判が高かった。裸にして腰のまわりだけに襤褸を引き纏い、髪の毛は赤く眼は青くして光っていた。或る時も人里近くに現われ、木こりの小屋を覗いているところを見つかり、ついにそこの人夫どもに打ち殺された。しかるにそれをよく調べてみると、附近の村の女であって、ずっと以前に発狂して、家出をしてしまった者であることが分った。
 女にはもちろん不平や厭世のために、山に隠れるということがない。気が狂った結果であることは、その挙動を見れば誰にでも分った。羽後と津軽の境の田代岳の麓の村でも、若い女が山へ遁げて入ろうとするのを、近隣の者が多勢追いかけて、連れて戻ろうと引き留めているうちに、えらい力を出して振り切って、走り込んでしまったという話を狩野亨吉先生から承わったことがある。
 山に走り込んだという里の女が、しばしば産後の発狂であったことは、事によると非常に大切な問題の端緒かも知れぬ。

因みにここで仮に統合失調症なる現代によく用いられるラベルを使用しているが、現代医学が用意する病名を用いることにはあまり意味はない。ここで重要であるのは、身体行動伴った夢としての憑依様状態をどう理解したらいいか、という点に尽きる。

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運強くして神隠しから戻ってきた児童は、しばらくは気抜けの体で、たいていはまずぐっすりと寝てしまう。それから起きて食い物を求める。何を問うても返事が鈍く知らぬ覚えないと答える者が多い。(柳田国男『山の人生』)

神隠しから帰還した当事者たちが、しばらく呆けたようだった、とか、気が疎くなった、とかあるいは、抜け殻のようになった、などというこれは一つの〈神隠しの約束事〉であるが、そんな記述に出会うことがしばしばである。これは統合失調症のいわゆる陰性症状を彷彿とさせないだろうか。

この時期を過ぎると、呆然としている時期が続く。本人にとっても、まわりからみても、何か霞の向こう側にいるような、半透明の繭に包まれているような時期である。口をあけてよだれ流していたり、ぶくぶくと肥ってきたり、寝てばかりいたりするので、周囲も本人も、精神能力が下がったのではないかと心配する。特に周囲はスパルタ式に、無理をしてでも積極的な生き方をさせねばと思う。(中井久夫『統合失調症をたどる』)

中井久夫氏がここで素描している回復期にある統合失調症患者の陰性症状は、神隠し当事者の帰還後の様子と似ている。彼らは、憑依様状態に陥ったことでエネルギーを使い果たし、帰還後放心状態で過ごさざるを得なかったのではないか。

さてほかにさらに留意しなければならないと思われるのは、子どもが神隠しにあって後に発見された場所が、子どもの足ではとうてい登れないような険しい崖の上であったり、深い谷底であったり、という〈神隠しの約束ごと〉がひとつあるということだ。これは、ある種の憑依様状態における〈火事場の馬鹿力〉が発露したのだと考えれば納得できないことはないだろう。さきの柳田国男の『山の人生』に「若い女が山へ遁げて入ろうとするのを近隣の者が多勢追いかけて、連れて戻ろうと引き留めているうちに、えらい力を出して振り切って、走り込んでしまった」という描写にある「えらい力」が発現したのだとしたら、子どもが崖の上に登ったり、深い谷底まで降りて行ったり、ということも可能でないとは言えない。

このような状況証拠から、神隠し当事者の身体行動を伴った夢は、統合失調症の急性症状やシャーマンのトランス状態に類比されると思われるのである。こう解釈することで、小松氏がいうところの神隠し体験の夢としての本質が理解できると思われる。

ここで言及すべきは、神隠し当事者の自己統覚感覚の欠如ということであろう。神隠しというヴェールを剥がしてみた時、露わになるのは、自己統覚感覚の欠如からくる、現代で言うところの作為体験であり、妄想である。彼らの自己統覚感の欠如はここでは資質の方からきている。それが神隠しというヴェールに包み込まれて、民俗社会に共有される物語になっている。

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バロ(ファラオ)、ヨセフにいふ。我夢に河の岸にたちて見るに、河より七(ななつ)の肥たる美しき牝牛のぼりて葦を喰ふ。後また弱く甚だ醜き痩たる七の牝牛のぼりきたる。其悪き事エジプト全國にわが未だ見ざるほどなり。その痩たる醜き牛、初(さき)の七の肥たる牛を食ひつくしたりしが、已(すで)に腹にいりても其腹にいりし事しれず。尚前のごとく醜かりき、我是にいたりて覚(めざ)めたり。我また夢を見るに七の實たる佳き穂一の莖(くき)にいできたる。その後にまたいぢけ萎びて東風にひやけたる七の穂生じたりしが、そのしなびたる穂かの七の佳(よき)穂を呑つくせり。我これを法術士に告たれどもわれにこれをしめすものなし。
ヨセフ、バロにいひけるは、バロの夢は一なり。神その為さんとする所をバロに示したまへるなり。七の美(よき)牝牛は七年、七の佳(よき)穂も七年にして夢は一なり。其後にのぼりし七の瘠たる醜き牛は七年にしてその東風にやけたる七の空穂(しひなほ)は七年の飢饉なり。是はわがバロに申すところなり。神そのなさんとするところをバロにしめしたまふ。エジプトの全地に七年の大なる豊年あるべし。その後に七年の凶年おこらん。而してエジプトの地にありし豊作を皆忘るにいたるべし。飢饉國を滅さん。後にいたるその飢饉ははなはだしきにより前の豊作國の中に知れざるにいたらん。バロがふたたび夢をかさね見たまひしは神がこの事をさだめて速(すみやか)に之をなさんとしたまふなり。
日本聖書協会『聖書』創世記

ある時、王が夢を見た。その夢では、七頭の太った見栄えのよい牝牛が河を上ってきて草を食べていた。そのあと、とても醜い痩せた牝牛がやはり七頭上ってきて、先の美しい牝牛を食べてしまった。王はいったん目覚めたが、再び寝入ってまた夢を見た。その夢では穀物の一つの茎から七つの形良い穂が出ていた。そのあと今度は萎びた穂がやはり七つ伸びてきて、先の形良い七つの穂を呑み尽くしてしまった。王に呼ばれたヨセフが夢を解いて言うには、その二つは七年の豊年の後に七年の凶年がやってくるという意味の一つの夢であり、重ねてみたのは、神が王に速やかに凶年、飢饉に備えさせようとしたためである…

ヨセフのこの夢解釈によってエジプトは飢饉に対する備えをいち早く講じ、現実になった凶作の年月を持ちこたえることができた…旧約聖書の物語はそう続く。
ここでヨセフは、王の夢を夢告、神から王への忠告であると解釈して王に語って聞かせた。

ところで、そもそも夢とは、前日の外的出来事への内的反応が類比的に構造反復したものである、と大雑把に説明できる。ある出来事に対してふと何かが心を過ぎる。しかし、その時は現実的関心が心を占めていて、その、ふと心を過ぎった何かはすぐに忘れられてしまう。しかし、それは、度々心を過ぎるような何か自分にとって重要なものであった。そんな、何かに潜在する時間構造が、未明の夢として類比的な形象を伴って反復するのである。従って夢の動因となるのは、前日の外的出来事に対する感覚印象や気分や思考に潜在するパターン構造であると言える。

しかし、私たちがこのように夢の発生機序を認識できるようになったのは極最近のことである。徐々に夢は個のもとへ帰還しつつあったとは言え、つい最近まで、この旧約聖書のファラオの夢にあるように夢は夢告であり、神々からのメッセージであり、予言であり、異界からの忠告であった時代が長く続いたのである。

ほんとうは、王はこの夢を見る前に、国の安定と繁栄をひたすら願い、そしてそのための豊作を神に祈願でもしていたのだろう。いや、そもそも祈願ということが王の日常だったのかもしれない。そして、当然景気循環の波ということも考えざるを得なかっただろう。豊作の年もあればそれと同じくらい凶作の年もある。この波が繰り返される中でいかに国を安定させたらよいか、そんなことが王の心を占めていた。このような王の祈願や思考が牝牛と穀物の穂の空間的表現となって夢に構造反復したのである。それは王の感情や思考に属する時間構造の類比的反復であったのだ。

しかし、当時の観念的自己統覚の時代水準においては、夢は自己に所属するものとは認識されることはなかったと言える。それは神という迂回路を通して初めて理解可能なものだったのである。ほんとうは自分の希望や欲望、構想であるはずのものが、神々の託宣に、異界からの忠告や予言に、と疎外されることで認識することができた。それは前日に自分が感じ、考えたことのうちに潜む時間構造の類比的構造反復ではなく、神々や異界の存在者による、逆立ちした未来の類比的構造反復と見なされた。夢は神や異界の存在者が「見させる」神意であるというのが時代の通念であった。

そこから、夢が自己のもとへと帰還するまでいかに長い年月を要したことだろうか。

その変化は少しずつ、観念的自己統覚の時代水準が上昇するにつれて徐々に徐々に、まずは知識層の間から散発的に進んだことだろう。例えば、精神科医の平井孝男氏は、以下のように17世紀頃の中国での例を挙げている。

夢は、先述したように「旧の覆つ所、昼のなす所」によって得られたイメージですが、全く見たこともないような、理解に苦しむ夢を見ることがあります。中国人も、この点は不思議だったようで、いろいろとその説明に苦慮していたと思われますが、これを説明するものとして、王廷相は「因衍説」を唱えました。
夢は、確かに「旧習」によって意識の中に蓄積した膨大なイメージに依拠します。そして、睡眠中には、潜在意識が無自覚のうちにこれらの材料を運用して連想、想像、構想を進め、これを「因衍」と呼びます。つまり「因衍」によって、もともと持っていたイメージと別のイメージを脈絡なくつなぎあわせることになるのです。
その後この「因衍」のプロセスとして、「衍」自体のメカニズムの解明が進みました。それを進めたのは方以智ですが、彼によれば衍化は睡眠前の事物がイメージの材料として投入されることを第一の条件としています。続いて投入されたイメージが、眠りにつくと、もともと蓄えられていた他のイメージと「粘接」し、未だ見たことのないイメージが出来上がり、夢の中に登場することになります。
(平井孝男『夢の基礎知識』)

ここには時代通念から抜きん出た夢のメカニズム理解がある。現在の私たちの理解にとても近いように思える。ここには、夢を「見させる」神や異界の告知者という迂回路は存在していない。自己の願望や希望やあるいは欲望が、神や異界の告知者によるお告げとして疎外されるような機序は想定されていない。
このような「夢から覚めた」夢理解は、観念的自己統覚の時代水準の上昇に伴い、知識層の間から徐々に自覚されていった、と言える。そして19世紀と20世紀の変わり目の時代にフロイトが、本来自己に所属する夢の動因としてのその時間構造のことを〈欲望〉であると特定したことは、決定的に重要なことであった。夢が自己に属するものであることがどこでも一般化したのは、その精神分析理論の貢献による。(とは言え、〈欲望〉は夢の動因である時間構造の一分枝に過ぎないのだが。)

わたしはこのように概括的に言うことで夢の歴史を、神話時代の遺制である〈夢告〉が自己統覚的夢認識に少しずつ置換されていく過程として捉えようとしているのである。無論、現在においても神話時代の遺制としての〈夢告〉という考え方は、夢占いのような形で存続しているし、また古い時代において例外的に、先の中国の知識層の例におけるような、時代通念から抜きん出たような現実的夢認識がかつて存在してきたであろうことは疑いえない。しかし、このようなバラツキがあるとしても、大まかな流れとして、神話時代の遺制としての〈夢告〉は退縮していく過程にあり、同時に自己統覚的な夢認識がそれに代わっていく、という傾向性に変わりない。

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神に隠されるような子供には、何かその前から他の児童と、ややちがった気質があるか否か。これが将来の興味ある問題であるが、私はあると思っている。(柳田国男『山の人生』)

夢とはほんとうは自己に属する感覚印象や気分、願望や思考が類比的に構造反復したものである。構造が形象を吸着して自己反復することで夢は立ち昇る。では、神隠し当事者たちがその身体行動を伴った夢のなかでみた形象群にはどんな構造が吸着、裏張りされていたのか。今度はそう問うてみる。

それは、失踪者の無意識を絶えず吹き抜けている根源的〈異和〉あるいは本質的〈孤独〉でありその解消の衝動である、と言うことができる。これが上の柳田国男の文書の中で言われている「気質」ということの本質をなす。

もちろん、民俗社会の観念的自己統覚意識の時代水準においてはこのような根源的〈異和〉あるいは本質的〈孤独〉は自覚されることはないだろう。それ故にその夢は、民俗社会の通念を素材として選択する、と指摘しなければならない。あるいは一般夢として疎外されると。

ここで先にわたしたちが、古代社会において、夢みたことが神や異界の存在者の夢告として疎外されたことを思いおこしてみる。ほんとうは、自分の願望であったり、希望であったり、構想であるはずのものが、異界の存在者の夢告、忠告へと置換されて理解される、というのが古代の夢の特徴であった。これと構造的に同じことが、日本の民俗社会における神隠し幻想においても起こっていると見なすことができる。ほんとうは、彼は周囲の民俗社会に対する根源的な〈異和〉や絶えず吹き抜けている本質的〈孤独〉に憑かれるようにして民俗社会の外部へと誘われる夢をみたのである。失踪者の激しい衝動が民俗社会の外部を夢見たのである。しかし、失踪当事者は自分自身であるはずの根源的〈異和〉や本質的〈孤独〉をそれとして統覚することはできず、迂回路を通って天狗からの誘いとして、異界の住人によるかどわかしとして夢の形象に投影する。神話時代の遺制が残る民俗社会においては、自己に所属するはずの時間構造は、誰もが同じように見る一般夢として、民俗社会の一般通念へと転置される。民俗社会の側もそれに呼応して、それを異界の者たちのかどわかし、としてラベルを貼り付ける。

ここでは、自己統覚感覚の欠如は時代性のほうから、民俗社会のほうからやってくる。神隠し当事者は、先に言及した資質の方からと、そして社会の方からと、二重に自己統覚感覚の欠如という事態に晒されている。そして、その自己統覚感覚の欠如は、民俗社会の外部へという夢を、神隠しという民俗社会の物語へと代理的に表象させる。

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〈隠れん坊の鬼が当たって、何十か数える間の眼かくしを終えた後、さて仲間どもを探そうと瞼をあけて振り返った時、僅か数十秒前とは打って変わって目の前に突然開けている漠たる空白の経験を恐らく誰もが忘れてはいまい。仲間たち全員が隠れて仕舞うことは遊戯の約束として百も承知のことであるのに、それでもなお、人っ子一人いない空白の拡がりの中に突然一人ぼっちの自分が放り出されたように一瞬は感ずる。大人たちがその辺を歩いていても、それは世界外の存在であって路傍の石ころや木片と同じく社会の人ではない。眼に入るのはただ社会が無くなった素っからかんの拡がりだけである。そして、眼をつむっていたいくらかの間の目暗がりから明るい世界への急転が一層その突然の空白感を強めていることであろう。(藤田省三『精神史的考察』)〉
藤田は、こうした隠れん坊の鬼がおそらく一瞬感じるであろう心的風景に思いをはせながら、この遊びの核心にあるのは、「『迷い子の経験』なのであり、自分独りだけが隔離された孤独の経験なのであり、たった一人でさまよわねばならない彷徨の経験なのであり、人の住む社会の境を越えた所に拡がっている荒涼たる『森』や『海』を目当ても方角も分からぬままに何かのために行かねばならぬ旅の経験なのである」と指摘する。つまり、隠れ遊びの鬼は、一瞬であるが、神隠しにあった者が経験するであろうような心理的体験をするのだ。
しかも、こうした体験は、鬼ばかりでなく隠れ役のほうももつという。(小松和彦『神隠しと日本人』)

これまで何となしに頭を離れなかったのは、神隠しの失踪当事者が往々にして子どもである場合が多いということであろう。無意識とは言え、子どもに対して根源的〈異和〉や本質的〈孤独〉とは何事であるか、ということになりそうである。これについては『神隠しと日本人』において小松氏が藤田省三氏の『精神史的考察』から隠れん坊遊びについての文章を引用しながら述べている上の考えを読めば、子どもが根源的な〈孤独〉から無縁であるとは言えないということがわかるはずである。

通常こういった隠れん坊遊びで子どもが経験するであろう〈孤独〉は一瞬のことであるだろう。子どもたちは、仲間たちが次々と鬼に見つけられていくうちに、日常の意識に帰っていく。鬼も約束事に従って隠れた仲間たちを次々と見つけ出していくうちにいつもの意識に帰っていく。家族や社会の時間がいつも通りに流れている日常がそこにある。そして、一瞬感じた〈孤独〉は忘れられてしまう。
だが、何らかの関係の欠損が構造化されているような場合、主に親との関係からやってくる欠損の感覚が身体に刻み込まれているような場合、一瞬で済むはずの〈孤独〉が構造化した〈孤独〉と重なり合い、累乗された時、それは逆らい難い遠心力を持ち、その子を異界へと連れ去ってしまう可能性がある。その時〈孤独〉は本源的なものとなり、それが隠し神となってその子どもの夢見る意識に疎外されるのである。

これとともに次のような柳田国男の回想にも注目してみる。

これも自分の遭遇であるが、あまり小さい時のことだから他人の話のような感じがする。四歳の春に弟が生まれて、自然に母の愛情注意も元ほどでなく、その上にいわゆる虫気があって機嫌の悪い子どもであったらしい。その年の秋のかかりではなかったかと思う。小さな絵本をもらって寝ながら看ていたが、頻りに母に向かって神戸には叔母さんはあるかと尋ねたそうである。じつはないのだけれども他の事に気を取られて、母はいい加減な返事をしていたものと見える。その内に昼寝をしてしまったから安心をして目を放すと、しばらくして往ってみたらもういなかった。ただし心配をしたのは三時間から四時間で、いまだ鉦太鼓の騒ぎには及ばぬうちに、幸いに近所の農夫が連れて戻ってくれた。県道を南に向いて一人で行くのを見て、どこの児だろうかといった二三人はあったそうだが、正式に迷子として発見せられたのは、家から二十何町離れた松林の道傍であった。折よくこの辺の新開畠にきて働いていた者の中に、隣の親爺がいたために、すぐに私だということが知れた。どこへ行くつもりかと尋ねられたら、神戸の叔母さんのところへと答えたそうだが、自分の今幽かに記憶しているのは、抱かれて戻ってくる途の一つ二つの光景だけで、その他のことごとく後日に母や隣人から聴いた話である。(柳田国男『山の人生』)

幼年期の柳田国男は、このような、神隠し事件の寸前と言えるような体験を何度もしているという。
「歳の春に弟が生まれて、自然に母の愛情注意も元ほどでなく、その上にいわゆる虫気があって機嫌の悪い子どもであったらしい」という回想からは、弟ができたことで、母親から距離を置かれて、本源的な〈孤独〉とでも言うべき〈異和〉の感覚が、幼年の柳田国男の無意識にうっすらと構造化されていたことがうかがえないだろうか。そして、「小さな絵本をもらって寝ながら看ていたが、頻りに母に向かって神戸には叔母さんはあるかと尋ねたそうである。じつはないのだけれども他の事に気を取られて、母はいい加減な返事をしていたものと見える。その内に昼寝をしてしまったから安心をして目を放すと、しばらくして往ってみたらもういなかった」という失踪時の状況は、幼い子どもが神隠しにあう場合、直前に、親や近親者との何らかの諍いや行き違いがあったということが多かったのではないか、と類推させる。そして、〈異和〉の解消を求めて、こどもはふらふらと夢見る意識で別の世界へ彷徨い出てしまう。

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はて、私たちは「神隠し」というヴェールを剥ぎ取ったその下にある、人間世界のまことに恐ろしくまた悲惨な現実を見てしまったのではなかろうか。私には神隠しとは、こうした実世界のさまざまな現実をおおい隠すために作り出され用いられた語であり観念であったように思われる。(小松和彦『神隠しと日本人』)

言及しておかなければばならないが、神隠しB型にしろ神隠しC型にしろ失踪者が誘拐者や変質者のような犯罪者に連れ去られたような場合のことである。あるいは小松氏も指摘しているような〈間引き〉に該当するような場合である。つまり、失踪当事者に根源的な〈異和〉あるいは本質的〈孤独〉が無意識に構造化されているとは言えないような場合、まったくの犯罪被害者としか考えられないような場合はどう理解したらいいのか。ここでは犯罪被害者つまり失踪者は、無理矢理連れ去られたのであり、根源的な〈異和〉あるいは本質的〈孤独〉の遠心力によって民俗社会から弾き飛ばされたわけではない。従って彼らは夢に憑かれて異界を彷徨したわけではない。ここではわたしたちの夢分析という思考は全面的に神隠しの方程式としては転用できない、ということになる。

これについてはいつかまた別の機会に考察してみたいが、民俗社会の側からはそれら別のケースも神隠しA型の場合、すなわち失踪者が発見された場合と同様、隠し神によるかどわかしとしてヴェールで覆い隠すだろう。民俗社会はどのケースも同じように〈神隠し〉というヴェールで包み込む。

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たしかに、失踪者は、日常生活の“向こう側”に消えてしまったといっていいだろう。しかしながら、現代人にとってのこの“向こう側”は、家族や知人にとっての“向こう側”、つまり彼らの知らない、見えない世界であっても、そこもやはり人間の世界の内部なのである。そこは神々の領域としての“向こう側”
ではないのだ。(小松和彦『神隠しと日本人』)

ここまでわたしたちが考察してきた神隠しという夢は現代都市に舞台を移した時、どのような様相を呈するだろうか。小松氏が言うように、もはや異界という“向こう側”か消失した都市空間においては、冷気に吹き曝されている〈異和〉や〈孤独〉はどのように夢見られるのか。

都市伝説の一つにエイリアン・アブダクションというのがある。主にアメリカでの例が多いようだが、テレビなどでよく特集番組が組まれている。ある時車で夜道を走っていると眩しい光が見え、車を降りるとそのまま意識を失ってしまった、気がつくと宇宙人に囲まれて手術台のようなところに拘束され、身体中を検査されていた、解剖され、何か機械のようなもを体に埋め込まれたらしい…このような宇宙人による拉致幻想は、現代の神隠しとして有力な候補であろう。宇宙人に拉致された被害者は行方不明になったわけではなく、ちゃんとすぐに宇宙人によって現実世界に戻されるらしいのだが、神隠し幻想と本質を同じくしていると思える。民俗社会において異界であったところの「向こう側」の世界は今や異星人の乗り物、すなわちUFOの内部の異空間であり、宇宙であり、「文明の発達した」別の天体てある。天狗だった存在は今やその乗り物で別の天体からやってきた異星人ということになる。

しかしこのような神隠し幻想に代わる物語を見出せない時、深刻な〈異和〉は、先に精神科医の中井久夫氏の記述にあったような精神疾患という新たな現代の物語に回収されるだろう。神隠しにおける「天狗に連れ回された」という体験談は作為体験と見なされるであろうし、天狗が「ついてこい」と言った、と言えば、それは幻覚や幻聴と解釈されるだろう。幻覚や妄想は社会で共有されているならそれは一つの解釈体系となるであろうが、社会に共有されない解釈体系は不可解な妄想や幻覚になりうる。神隠しという物語は民俗社会で共有されていたが故に一つの解釈体系として地位を与えられていたが、現在においてはその神隠し体験は、精神疾患という新しい物語のうちに配置されるだろう。

でなければ人を足元から吹き曝しにしている〈異和〉や〈孤独〉は解離されて凍土に埋葬され死んだふりをし、やがて誰も思い及ばない事件を引き起こすだろう。

ここに村上春樹の『東京奇譚集』という短編集がある。なかに「どこであれそれが見つかりそうな場所で」という奇妙な短編がある。語り手の「私」は、どうも人捜しなどを請け負う探偵であるらしいのだが、それは職業ではなく、ボランディアでやっていることであるらしい。そこへ、「シャープな形をしたヨモギ色のスーツを着」て「アイスピックみたいなヒールの靴を履いた」女性が訪ねてきて、失踪した夫を捜してほしいと依頼するのである。証券会社のメリルリンチに勤めているというその夫が失踪した状況はとても奇妙なものだ。依頼者とその夫が住んでいる品川区のマンションの二階下には夫の義母が住んでいる。かつては住職であった依頼者の義父と一緒に浄土宗の寺に住んでいたのだが、その義父が泥酔した挙句に都電の線路上で寝込んでしまい、そのまま都電に轢かれて死んでしまった。そのあと義母は依頼者夫婦が住むマンションの二階下に住むようになったのである。義母は義父が死んだあと不安神経症のようになり、症状が強くなると依頼者の家に電話をかけてくるのが常であった。そんな時、夫がいれば夫が、夫がいなければ依頼者が義母の部屋に行って義母の面倒をみることになるのだった。

とある雨の日曜日にいつものように義母から電話がかかってきた。その日ゴルフの予定だった夫は雨で中止になったため家にいたので夫が義母の元へ行くことになった。「たぶんそんなに時間はかからないと思うから、朝食の支度をしておいてくれないかな」と言い残して。25分後に夫から依頼者に電話がかかってきた。義母の様子も落ち着いてきたから今から戻る、お腹が空いたよ、と夫は電話で依頼者に言った。しかし、その後、待てど暮らせど夫は戻ってこなかった。義母に電話で訊いてみても、ずっと前に帰った、というばかり。免許証も財布もクレジットカードも持たずに、24階から26階へ登る階段の途中で夫は忽然と消えてしまったのである。もちろん警察に届けたが以来10日過ぎてもなんの音沙汰もない。

語り手の「私」は捜索の依頼を引き受け、失踪現場のマンションの階段に丹念に通うようになるが、しばらくして依頼者から夫が見つかった、と連絡が入る。どうしたわけか、失踪場所から遠く離れた仙台駅の待合所のベンチで寝ているところを保護されたのだという。どうして仙台駅の待合所で寝ていたのか、無一文でどうやってそこまで行ったのか、二十日の間どこで何をしていたのか、何を食べていたのか、夫は何も思い出せないらしい。二十日分の髭が伸びて、体重は10キロばかり減ったが、身体的な異常はなく頭脳も回復してきているが、記憶は消えたまま戻らない、と依頼者は電話で状況を説明する。

もう依頼された仕事をする必要もなくなった「私」は天井の一角にに向かっ
て「胡桃沢さん」と失踪者の名前を声に出して語りかける。
「現実の世界へようこそ戻られました。不安神経症のお母さんと、アイスピックみたいなハイヒールの靴を履いた奥さんと、メリルリンチに囲まれた美しい三角形の世界に」。

語り手の「私」が何者であり、何が目的で探偵のボランティアなどをしているのか、という謎を残しながらこの物語は終わるが、ここではこの短編で語られた失踪事件がまさしく神隠しと呼ぶに相応しいものであるという点に着目したい。この神隠し事件は、小松氏の分類でいうA2型ということになる。すなわち、失踪者が発見されるが、何を訊いても要領を得ず、失踪中のことをよく覚えていない、というパターンを踏むケースである。

この短編の中の夫は、現実世界では、綺麗な知的な妻と暮らし、輝かしい職業に休日のゴルフというこれ以上ない充実ぶりである。しかし、泥酔状態で自殺したとおぼしき父親や不安神経症の母に象徴されているであろう彼の出自に由来する根源的〈異和〉あるいは本質的な〈孤独〉は、そのような暮らしの中で少しずつ逃げ場をなくし、圧力にさらされ、彼の無意識は少しずつ現実から撤退を始めていた、と読める。そしてその日の母からの電話は、何か決定的な衝撃を彼に与えたのである。夢が前日の出来事に対する内的反応の類比的構造反復であるという通り、この母親の一件は彼の〈夢〉の決定的な動因となった。彼の無意識にある寒々とした〈異和〉と〈孤独〉は、母親の部屋から自分たちの住む部屋まで続く階段のどこかで疲労した彼の意識に憑いた。そしてその解消を求めて〈夢〉へと変換した。身体行動を伴った〈夢〉へと。神隠し事件の失踪者が知らぬ間に山中を彷徨い続けるように、彼は身体行動の伴ったその〈夢〉の中で知らぬ土地を彷徨い歩き、いつしか遠く離れた駅の待合所で発見されるまでその〈夢〉は続いたのである。しかし、彼はその〈夢〉を覚えていない。彼に憑いた無意識の〈異和〉や〈孤独〉は、それほど現実的意識から乖離した地下深くに埋葬されていたのであり、決して彼の意識に昇ってはいけない魔であり闇だったのである。従って、自分が見た夢を覚えていない時と同じように、彼は失踪中の〈夢〉にアクセスすることができないでいる。

ここで私が思い描くのは近代文学の原型といってもいいような「彷徨」のイメージである。居場所なく病み疲れた〈孤独〉な文学青年が当てもなく夜々の街灯の下を〈彷徨〉したり、冬の荒海の磯を踏み歩いたり、という古き良き時代の典型的な文学青年の像である。もしもこの夫がこのような文学青年であったなら、無意識の寒々とした〈異和〉や〈孤独〉は、そのような〈彷徨〉によって代理的に解消されたであろう。しかし、夫は華やかな職業生活を送る証券マンであり、無意識を顧みる余裕を持たなかった。本源的〈異和〉あるいは本質的〈孤独〉は意識生活からの解離を余儀なくされ、その日不安神経症の母親の介抱から解放された一瞬に彼にとり憑いた。彼は隠し神の天狗に連れ去られるようにして忽然と失踪し、身体行動を伴った〈夢〉の中で〈彷徨〉するほかなかったのである。

ただ、「隠し神の天狗」は今やただの比喩以上ではない。冷気に吹き曝されている〈異和〉や〈孤独〉をかどわかし、山中異界へと連れ去る神々はここにはもういない。現代人は、夢の動因となった欲望や願望や感情や思考を神々や異界へと疎外したりはできない。それら夢の動因は今や固有な生活史的文脈に属するものであり、異界の存在者に置き換えることはできない。

すなわち今や、彼の無意識に日々吹き荒れている根源的〈異和〉あるいは本質的な〈孤独〉こそが、彼を異界へと連れ去る隠し神であると言わねばならないのである。

参考文献
『神隠しと日本人』小松和彦 角川文庫
『統合失調症をたどる』中井久夫 ラグーナ出版
『聖書』日本聖書協会
『夢の基礎知識』平井孝男 創元社
『精神分析入門(下)』フロイト 高橋義孝・下坂幸三訳 中公文庫
『遠野物語・山の人生』柳田国男 岩波文庫
『東京綺譚集』村上春樹 新潮社
『空虚としての主題』吉本隆明 福武文庫


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