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菊痩蟹肥

■晩秋の風景が浮かぶ雅題晩秋の盛物としてよく用いられる、「菊痩蟹肥(きくそうかいひ)」。文字通り、菊が痩せ、蟹が肥るという意味の雅題だ。『小笠原流煎茶の花と盛物(小笠原秀道、小笠原秀翠著)』によると、「菊痩蟹肥は晩秋の情景を映した言葉で、庭の黄菊は霜に遭って日一日と縋(すが)れていきます。一方、水辺では蟹がしっかりと身を太らせていきます。」と述べられている。 日一日と寒くなる、晩秋の風景が浮かぶ雅題である。
Literally, a thin chrysanthemum (菊痩:Kikuso) and a fat crab (蟹肥:Kaihi). A name of Morimono (a flower arrangement) commonly used in late autumn combining chrysanthemum and crab figures. "Kikuso Kaihi” is a word expressing the scenery of late autumn, frost falls in the yellow chrysanthemum in the garden, it gets thinner every day, while crabs get fat on the waterside.
ところで、なぜ菊と蟹の組合せなのか。菊は重陽の節句が菊の節句と呼ばれるように不老長寿を願う意味がある。菊痩蟹肥に限らず、菊は文人華で重用される理由である。ではなぜ蟹なのか。 

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■菊と蟹の意味
ところで、還暦を「華年」「華甲」という言葉で表すことがある。これは、「華」の字を分解すると6つの「十」と「一」になり数えで61才を表し、「甲」は甲子の十干十二支の始まりを示している。「華甲」という文字を眺めれば、菊と蟹の組合せの意味は自ずと見えてくる。菊が華で蟹が甲(甲羅)である。つまり菊と蟹は還暦を表すことから長寿を寿ぐ意味を示している。実は、伝統的な文様に菊蟹文様(きくかにもんよう)というものがあり、香合などでよく用いられる。香合の蓋に蟹が描かれ、香合全体が菊の形をしているといったデザインがよく見られる。このように長寿を表す菊と蟹のモチーフは好まれて用いられてきたわけである。菊痩蟹肥を飾る季節は稔りの秋である。それまでの努力が実る秋は人生における還暦という時と相通ずると考えたのかも知れない。 


■文人に好まれた蟹
蟹は橫歩きである。前に歩けと言っても橫に進む、そんな姿から中国では蟹を「横行君子」と呼び、権力に逆らって橫、つまり我が道を行くという意味もある。自由を愛する煎茶文化にも通じるところも蟹が文人に愛された理由の1つでもあろう。
ちなみに、台湾の半導体メーカーのRealtek社は蟹の精神に従う(Realtek follows in the spirit of the crab)企業文化を謳っている。(同社のトレードマークは蟹で、半導体チップには蟹の絵が印刷されている)。以下はRealtek社のホームページからの引用である。
"Through strength, persistence, and adaptability, Realtek follows in the spirit of the crab. (Realtekは、強さ、持続性、適応性により、カニの精神に従います。)
"
「蟹の文化」というだけで現代でも中国では通じるようである。 


参照:
小笠原秀翠、小笠原秀道著 『小笠原流煎茶の花と盛物』(生活の友社)

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