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12月の魔法

市販のおでんには、いろいろと種類がある。一人暮らしにうれしいコンビニのやつ。スタンダードな具材がセットになっていて煮こむだけの簡単タイプ。それらの具がつゆと一緒にパックされている至れり尽くせりタイプ。静岡や名古屋などのご当地タイプに、ピリ辛などの味変タイプ。などなど。

12月のはじめ、スーパーのお買い得コーナーで「海鮮おでん」なるものを見つけた。鰯つみれ、蛸ボール、桜海老つくね、鯛すりみ半片など、いい出汁がでそうな練りもの系の具が3個ずつ、たっぷりのつゆに浸かってパックされている。

ほほう、海鮮おでんか、おいしそう。
しかも3割引、お得じゃん。
あら、大根は入っていないのね、残念。。。
いや待てよ、大根だけ足せばいいのでは?
というか、ここに好きな具材を入れて煮こめば、マイベストおでんになるのでは?
ちょっとなにそれ、すごくいいアイデア!

ということで1パック購入してみた。土鍋にあけ、大根とこんにゃくと厚揚げを追加する。つゆはたっぷりあり、足さなくてもいけそうだ。
市販品は味が濃いめだろうと予想し、調味料は加えずいったん煮こむことにした。
ぐつぐつしてきたら弱火にして小一時間。湯気とともに、いいにおいが漂ってくる。ああ楽しみ、早く食べたい!でもここはぐっと我慢して、一晩寝かせよう。大根は絶対に、味しみしみで食べたいのだ。

できあがりは、想像した以上においしかった。さすが市販品、味はばっちりきまっている。しみしみの大根に、ビールが進む。汁を吸った厚揚げも絶品で、辛口の日本酒に合う。もともと入っていたタネたちが賑やかしてくれるおかげで、見た目もけっこう本格的だ。
熱々のおでんをつつきながらの晩酌、ああ、なんという贅沢。「あったかい」はうまい。「あったかい」は正義。しかも三日間も楽しめてしまった。イチからつくらない家おでん、最高!

こうして、家おでんがすっかり気に入った私は、週末のたびにいそいそと仕込むようになった。仕込むといっても、ベースになるパックを買ってきて、そこにちょっと手を加えるだけのラクチンなんちゃって料理なのだが、どのメーカーさんのを選んでも毎回ちゃんとおいしくできあがる。この安定感と信頼感は大きい。実家のを思い出してじゃがいもを入れたら、すごく懐かしい味がした。ちょっと奮発して牛すじを入れてみたときは、とろける旨さとコクに小躍りしそうになった。

家に帰れば、おでんがある。
だから今夜なにを食べようか悩まなくていいし、会社帰りにスーパーをうろうろしくていい。よけいな時間と体力を使わずに済むのは大きなメリットだ。まっすぐ家に帰ればあったかい料理が食べられる、そのことが体力的にも気分的にもとてもラクなことがよくわかった。

そして、それ以上の効果もあった。

家に帰れば、おでんがある。
それは、魔法の言葉のように私の心を明るくした。職場でちょっとキツい言葉をぶつけられても、駅でマナーの悪い人に不快な思いをさせられても、「今夜はおでんだ」と思えば、嫌な気分はすぐに薄れ、たいていのことをスルーしてやりすごすことができた。あったかい湯気と冷たいビールが私を待っている。想像するだけで、ふふっと顔がほころび、心が軽くなった。

家におでんがある。それは、家におでんがあるという事実以上に心を豊かにし、精神を安定させるということに私は気がついた。名付けて「おでん幸福論」。
家で帰りを待っててくれるのは、心をあったかく包んでくれるのは、なにも生身の人間だけではない。この冬の大きな発見だった。

そんな12月の魔法に助けられ、今年も無事に仕事納めを迎えた。実際は年を越すのものばかりなので納まっていない気もするが、それは毎年同じこと。いったん忘れて、しっかり休もう。
ちょこっと部屋を掃除して、帰省の準備をして、師走の空気を感じながら散歩して。あっというまだった一年をひとり静かに振り返りながら、今年最後の数日を過ごそう。


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