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「だから何?」と言わずにおられない_100日後にZINEをつくる、82日目

「あの子、人形みたいに整った顔だよね」というと
「整形でしょ」と返ってくる。

「この人、肌きれい」といえば
「注射!注射!」

「この俳優、すごいイケメン」「でもゲイっぽくない?」

「(娘が外食で)大盛りがいい」「そんな女子、キモいって言われるよ?」

どいつもこいつもに、言いたい。

だからなに?


最後の発言に関しては、襟首を締め上げ頭突きをカマし、タマを蹴り上げる。
頭の中で惨劇を繰り広げながら、現実では、ただヤギの目で見つめる。

どうして人は、ただ「それ」を「そのまま」受け取れないのか。

整形だろうと注射だろうと、美しいものは美しいでいいじゃないか。
ましてや、性的指向と外見の魅力にどんな因果関係があるのか。

「何が言いたいのか」の「何」の部分を言わずに、ディスる必要はどこにあるのか。

「だからなに?」と言わせるような相槌ばかり打つ人がいる。
世界を冷笑することで、他者の足元の地面を削る。
上から見下ろすことで安心する。

自分を脅かす存在とは、同じ土俵に立っていられないのだ。
鼻につくとか、神経に障る、なんて「相手が原因」ではない。
そんな狭量な五感しか持っていない、受け手の問題じゃないか。

他人の器の小ささを悦に入って見下しているうちに、自分の動悸が聞こえてくる。

わたしの神経こそ、いつも他人に逆撫でされていることを思い出す。

出産後もバリバリ働き出世した人の話を聞けば
「家事を分担できる夫と子どもを預けられる実家があるのね」と思う。

エリートが華麗な学歴を披露していれば
「はいはい、親の財力ね」

学歴で判断しませんという企業に対して
「つまり、学歴+αの『+α』の部分で判断するってことですね。(結局学歴重視だろ)」

歯並びの美しい人を見ると
「矯正?インプラント?ホワイトニング?差し歯?」と、じーっと凝視してしまう。

「すごい」「すてき」と素直に賞賛できないわたし。
相手を冷笑することで、自分のコンプレックスから目を背ける。

「それ、あなたの実力じゃないですよね」と指をさすことで溜飲を下げている。

『溜飲』
不消化のため飲食物が胃にたまって出てくるすっぱい液。

Oxford Languagesの定義

すっぱい液!!
わたしには、すっぱい液が出るツボが、確かに存在する。

そして、ツボを押されたときに即座に出動するためのすっぱい液のストックも、常に胃の中でたぷんたぷんしている。

消化力をあげて胃酸過多でない健全な人間になりたい。

・・・なんて、ウソ。それは来世で!

認めよう。
わたしは他人にすっぱい液をぶっかけられることは不快だが、すっぱい液そのものには心そそられる。

なんでもかんでもごくんと飲み込み、胸焼けもせず、胃酸過多にもならずに消化しつくす人間なんて、どんな怪物だ。

怪物になる必要のない幸運な人もいるのかもしれない。
胃に優しい人間関係に恵まれた心穏やかな人生とは、なんてつまらん平和な人生だろう。

反芻動物であるわたしは、日々の感情をなかなか消化することができない。
(わたしは本当に、人の皮をかぶったヤギなのかも)
過去を何度も口の中へ戻し、くちゃくちゃ音を立てて咀嚼する。

だから絶えず、えずいているのか。

自分のすっぱい液は否定せず、他人にぶっかけることもせずに生きていきたい。

溜飲を下げる必要はないのだ。

モヤモヤやムカムカ、恨みや憎しみの核にある、我。

我を張る。我を通す。我を貫く。
大切な「我」を、世界に向けての武器にするのは勿体ない。
我慢せよ!我が儘はいけない!と、「我」との対立もしなくていい。

宝物、にしてよかったんだ。

と、本日飲み込んだ「宝物」もまたすぐ口内に舞い戻るのだろう。
「まずい」といいながら、くちゃくちゃ顎を動かす自分が見える。

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