本屋×飲食業
第6章 本屋と掛け算する(4)
最初に思い当たるのは、飲食業だろう。特にカフェ的な業態としてコーヒーを出している場合は「ブックカフェ」と呼ばれることが多い。ひとくちにブックカフェと言っても、本を販売している店と、閲覧のみにしている店とがあり、どのくらい本に力を入れているか、コーヒーに力を入れているか、その間のグラデーションも様々だ。また、本を売っている場合、会計前の本がカフェスペースに持ち込める店と、持ち込めない店とがある。一部商品に限定しているところもある。空間的なバランスも様々で、本屋とカフェが絶妙に融合されている店もあれば、きっちりと線が引かれていて、ただ本屋にカフェが併設されている感じの店も多い。またブックカフェ以外にも、読み放題の空間と時間とを有料で提供することを主として、そこに飲食が加わる形の業態もある。いわゆる「マンガ喫茶」はそれにあたり、広義の飲食業と考えると、数としては一番多いだろう。
一般的な飲食店においては長い間、売上原価率三割と言われてきた。しかし最近では四割以上が成功の秘訣と言われることも多く、また一〇割を超える目玉商品を混ぜて全体で利益を出すような考え方もあり、一概には言えない。どちらにしても、七~八割となる本よりは、粗利率が高い。そのため書店を長く経営してきた人たちからすると魅力的に見える。しかしもちろん調理するぶん人件費もかかり、食材のロスなども出やすく、客の目や舌も肥えていく一方なので、競争率は高い。少なくともただコーヒーを出すだけなら、近隣の喫茶店やカフェと必ず競合することになるので、何らかの付加価値をつけなければならない。
ただ、本屋と飲食店の相性はいい。それは、飲食店においては、ゆっくり時間を過ごすことを求めている客が多いからだ。本を読むためにカフェに行く、という人も多いだろう。ただ飲食するだけでなく、それと一緒にゆっくりと本を読む時間を過ごす。そういうイメージの中で、本がたくさんあることは飲食店の空間的な差別化にも機能する。
ひとつ注意すべきこととして、とくに本を販売する場合は、入り口の動線やファサードのデザインがとても重要だ。飲食店ではふつう、入店した時点でイコール、そこで何かしらの飲食をしてお金を払う意志があることが前提になる。しかし書店ではふつう、入店しても必ずしも本を買うとは限らない。
つまり、外からパッと見て、飲食店と感じるか、書店と感じるかによって、客の行動が変わる。もし、本屋としての機能を主として考える場合や、飲食を利用しない人にもなるべく本を手に取ってほしいと考える場合は、外からの見た目は、なるべく書店らしく演出したほうがよい。一見、飲食店だと思われてしまう店構えだと、本を見るだけでもいいですよ、といくら看板を立てたり声をかけたりしても、客からすると入りにくくなってしまう。
ひとつのコツは、本棚だけではなく平台を、外から目立つような場所につくることだ。特にこうした場所では、本が一冊ずつ棚に差さっているだけだと、人はそれを閲覧用や装飾だと感じ、飲食店の風景として捉えてしまう。しかし平台のような場所に同じ本が複数冊積まれていると、人はそれらを商品だと感じる。商品を説明するPOPなどを添えれば、さらに商品らしくなる。これは、他のどんな業態と掛け算する場合でも同じで、ぜひ留意しておいてほしい。
一方で、飲食店としての機能を主として考えている場合は、当然そこが飲食店だということもまた、外から認知されなければならない。ここに大きなジレンマがある。書店にしか見えないような見た目にしてしまっては、そこが飲食店だと知っている人しか、飲食をしにはやってこない。特に外から店内があまり見えない場合は、入り口付近はあくまで飲食店らしくして、本は最後に会計のときに買ってもらえるよう、レジの横に小さなコーナーとしてまとめるほうがよいかもしれない。もちろん大した売上は期待できないが、半端にやるよりはよい。ともあれこの辺りはケースバイケースで、バランスが難しいところだ。
また店内に入った後も、本屋の利用客と飲食の利用客が互いに邪魔にならないよう、うまく設計しないとならない。本と飲食の場合、完全に対等にすることはむずかしく、主となるのが本なのか飲食なのかは、事前に決めておくほうがよい。売上のバランスと空間のバランスとの両方を考え、全体を組み立てなければならない。
なので、間口の広い物件であるほうが、融合がうまくいきやすいといえる。東京・神楽坂の「かもめブックス」などが好例だ。同店は道に面して広くガラス張りになっていて、入り口向かって左側に、コーヒーカウンターとカフェスペースがあり、右側は奥まで本の空間につながっている。正面からのバランスでいうとカフェ七割、本三割くらいに見えるが、存在感としては同じくらいに認識され、本が目的の人もカフェが目的の人も自然と入りやすく、かといって分断されているような感じもせず適度に融合されていて、バランスが取れているように見える。神楽坂にふらっと訪れた買い物客や、そこで暮らす人たちにとって、コーヒーをテイクアウトして歩ける動線も、席に座る動線も、ぶらっと本を眺める動線もすべてが自然で、結果的にかもめブックス全体への共感が起こりやすくなっているように感じる。
売上的には飲食を主としながらも、店としてのあり方の中心に大きく本を掲げる、新しい業態もある。東京の初台にある「fuzkue」のコンセプトは「本の読める店」だ。店主の阿久津隆氏が追究しているのは、本を読むのに最高の飲食店であることだ。コーヒーやお酒だけでなく、定食などフードメニューも充実している。ここでは会話をはじめ、大きな音の出る作業が禁止されていて、音が気になるようなこともない。またメニューも滞在時間に応じて変動する特殊な料金体系が設定されていて、何時間も長居しても、気兼ねせずに済むようになっている。空間的にも本に囲まれていて、店に並んでいる本は店主の蔵書だが、常時数点だけ、店主がその面白さを伝えたいと思った選りすぐりの本を、新品で仕入れて販売している。「会話のない読書会」という会を開催したり、店主の膨大な読書日記をウェブサイトで公開していたり、本に対して惜しみない愛情を注ぎながら店を経営している「本屋」として、一部の本好きの間ではよく知られている。
少し広げて考えるならば、たとえば書店の近くで長年営業してきて、本を買った人がそのまま本を読むために訪れ、ゆっくりとした時間を過ごしていくような飲食店は、広義の「本屋」の役割を果たしてきたともいえる。本を読むのが気持ちよく、また本を読む他の客を眺めていると、ますます本が読みたくなるような店だ。たとえば「本屋」になりたいと考え、飲食との掛け算を考えている人がいるとする。いろんな案を練ったとしても、最終的にはその人にとって、店で本を売らなくても、並べさえしなくても、書店の近くで営業し、その客に本を読むことを楽しんでもらえるような飲食店をやることが、理想の「本屋」の形だった、ということもあり得るはずだ。
一方、もともとあった新刊書店がリニューアルされ、カフェが併設されるようなケースも、いまは増えている。会計前の本が持ち込めるような店も多く、当初は業界からも一部の客からも敬遠されていたが、いまはかなりの広がりを見せているので、拒否反応を示す人も以前よりは減ったように思う。本の売上が厳しくなっていく中、大取次や大手書店チェーンも、積極的にそこに活路を見出しているのだろう。しかし、最初はもの珍しさと利便性で利用されていたとしても、すぐに近所のすぐれた飲食店との競争になる。ビジネスモデルとしての画一的なやり方ではなく、その地域で必要とされている形をひとつひとつ、きちんと考えていかなければならないし、それには飲食業への愛情が必要だ。もし飲食業について何も知らず、やや安易にその掛け算で利益を得ようと考えてしまっているとしたら、飲食業に愛情をもった仲間を見つけて一緒にやったり、自分もどこかの飲食店で働いてみたりするのがよい。逆にそこまでせず、あくまで本屋として、コーヒーくらい飲めたほうがよい時間が過ごせそうだから出す、というようなスタンスもありだ。その場合は収益源としては考えずに、あくまで付加的なサービスくらいの気持ちで、気軽にはじめればいい。
※『これからの本屋読本』(NHK出版)P207-P211より転載